この手につかみたいもの

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 ここから逃げ出すことは難しいと判断されたからか、ヴェサリウスについたキラに、パソコンが渡された。
「暇つぶしには丁度いいだろう?」
 目を丸くしているキラに、アスランが微笑みながらこう告げる。
「もっとも、ヴェサリウスのデーターベースにはアクセスできないし、端末にもつなげられないけどね」
 悪いけど、その機能は殺してある……と付け加える彼の言葉はもっともなものだろう。
「どうしても必要だ、と言うときは、僕か……ザフト所属の軍人立ち会いの下で端末の操作を認めるとの隊長の言葉だ」
 もちろん、アクセスできる情報は制限されるけどね、と言うアスランに、キラは小さく頷いて見せた。
「……でも、別にしたいこと、ないし……」
 部屋から自由に出られないなら、今までともそう変わらないかと呟くキラに、アスランはどうするべきかと悩む。実のところ、このパソコンにしても、彼がクルーゼに頼んで支給して貰ったのだ。アデス達には甘いとすら言われているらしい。だが、次第に無気力になっていくキラをアスランは見ていられなかったのだ。
「だったらキラ。ちょっと頼みたいことがあるんだが、かまわないか?」
 何かすることがあれば少しは気が紛らすことが出来るだろうと思いつつ、アスランはこう問いかける。
「……戦いのためのプログラムは作らないよ……」
「いくら僕でも、キラにそんな事をしろって言わないよ。つくって欲しいのは、ラクスにあげる新しいハロのプログラムなんだけど……」
 それでも駄目かな、と問いかければキラは考え込むように小首をかしげた。
「どんなプログラム?」
 どうやら、ラクスという一言が聞いたのか――それともハロの方か――キラは興味を見せる。それに内心ほっとしながらアスランは彼の隣に腰掛けた。
「ハロに歌わせようかと思ってるんだが……さすがにそこまで手をかけている時間がないからな」
 ハードの方はなんとでもなるんだが、と付け加えながらアスランはキラの顔を覗き込む。
「……音源って……どうなっているわけ?」
 瞳を伏せながら、キラが問いかけの言葉を口にする。
「元々会話が出来るようになっていたが……小型のMIDI音源を組み込んでみようかと思っている」
 さすがにフルオーケストラ並の音源は無理だが……と言えば、キラはわかったというように頷く。
「伴奏だけならすぐ出来るけどね……歌わせるとなると……どこまで出来るかな。追加のデーターとかを別ディスクにすれば何とかなるかな」
 そして、ぶつぶつと考えをまとめるように呟き始めた。
 キラの行動パターンから行けば、これはその気になった証拠である。
「一応、音源は僕が使っている方のディスクの、二番目の引き出しにあるから……必要なら使っていいよ」
 これなら大丈夫だろうか、と思いながらアスランは立ち上がった。
「僕は勤務だから……おとなしくしていて。食事の時間になったら、僕が無理ならニコルが来ると思うからちゃんと食べるんだよ」
 この言葉がキラの耳に届いているかどうかかなり不安だが、アスランは一応声をかける。そして、そのまま部屋を出た。
「アスラン! これから詰めるところですか?」
 どうやら勤務から戻ってきたらしいニコルが彼の姿を認めてこう問いかけてくる。
「あぁ。一応、食事時には戻ってくるつもりだが……駄目そうなときは頼む」
「わかっています。ちゃんと食べさせればいいのですね?」
 キラは放っておくと食事を取りたがらない。それがわかっているから、ニコルも気軽に頷き返してきた。どうやらニコルの柔らかな雰囲気は嫌いではないらしいキラは、誘われれば素直に食事に付き合っているようだ。それに関してはちょっと気に入らないと思うが、自分一人ではフォローしきれないし、かといって他の二人には死んでも頼みたくない。そう言うわけで妥協しているというのが現状である。
 そう言えば、ラクスとニコルはどこか似ているな……と思いながら、アスランはさらに言葉を続けた。
「ただ……プログラムに夢中になっていて話を聞かないかもしれないから、その時は強引にでも連れ出してくれ」
 その前に戻って来れればいいが……と心の中で呟く。
「わかりました……じゃ、お話をさせて頂くのは遠慮しておきます」
 ついでに、他の二人にもそう言っておきます……と言いながら笑うニコルにアスランは頷いた。
 どうしたことか、あれほどキラを憎んでいたはずのイザークが足繁く通ってきている。と言っても、一人で来ることはほとんどない。大概はニコルかディアッカと一緒に来て、二人と話しているキラの様子を睨み付けていた。
 理由はわからないものの、とりあえずキラを傷つける意思は今の彼にはないらしい。だからといって、自分の目の届かないところでは合わせたくない。そう思っているアスランにはニコルの申し出はありがたいものだ。
「頼む」
 こう言い残すと、アスランはパイロット待機室へ向かって移動し始める。
「お気をつけて」
 その背に向かってニコルが言葉をかけてきた。
「……そう言えば、キラから声をかけて貰ったことはないな……」
 ふっとそんなことを呟く。
 だが、すぐにそれも無理はないのか、とアスランは思い直した。自分たちが戦っているのは少し前までキラが所属していた連邦軍だ。直接面識がある面々はいないとは言え、複雑な思いを抱いていたとしてもしかたがない。
「それでも、怖がらなくなってくれただけマシか」
 自分の執着心にコントロールがつけられるようになってきたのと比例して、キラからおびえが薄れた。今でも微妙に残っているそれだが、自分が近づいただけで体をこわばらせると言うことはなくなったし、普通に会話も出来ているように思える。
 ただ、さすがにまだ体を重ねるときは別だが……
「それでも、やめてやる気はないんだ」
 うっそりと笑うアスランの瞳には、キラを怯えさせているあの光が浮かんでいた。

 かたかたと音をさせながらキーボードを叩き、キラは自分の頭の中に描いているプログラムを形にしようとしていた。
 その手が不意に止まる。
「隊長さんが……ブリッジを離れていいわけですか?」
 彼の口調は、おそらくクルーゼのみが知るものだろう。
「私とて、常にブリッジにいるわけではない。この船のクルーはみな有能だからな」
 事が起こらなければ休憩ぐらいは取れるのだ、とクルーゼは笑った。そう言うところもまたあちらとは違うのか、と『キラ』は思う。
「で?」
 そんなことを自慢しに来たのではないだろうと『キラ』はクルーゼに視線だけで問いかける。
「君の答えを聞こうと思ってね」
 出来れば、本国に着く前に……とクルーゼは付け加えた。
「……その前に、もう一度確認しておく。お前はすべてを壊したいのか? それとも、すべてを終わらせたいのか」
 その内容によって話が変わってくる、と『キラ』は言葉を口にする。
「キラは、最小限の被害で戦争が終わって欲しいと思っているしな」
 例えそれが甘い考えだろうとも、間違いなく彼の本心だ、と『キラ』は付け加えた。
「確かに……それが一番理想だろうな。私にしてもそうなって欲しいと思うよ。そのためには何としても排除しなければならない存在がある。君にもわかっているのではないか? ザフトと連邦軍。両者の背後でうごめいている存在を」
 それを叩かないうちは戦争は終わらないだろう、とクルーゼは告げる。
「……お前の望みは、それか?」
「とりあえずは」
 その答えに『キラ』は何かを考え込むような表情を作った。だが、すぐに顔を上げるとまっすぐにクルーゼを睨み付ける。
「わかった。それに関してなら協力してやろう。ただし、お前がキラを傷つけたり何かするようなら、無条件でボクがただではおかない。それだけは覚えておくんだな」
 キラを守ることが存在意義だと『キラ』は言い切る。
「覚えておこう。だが、彼はこの会話を……」
「知らない。教えないからね、ボクが」
 これからもそのつもりはない、と告げる『キラ』にクルーゼは苦笑を浮かべた。
「だが、彼にも協力して貰わなければならないが?」
「自分で説明するんだね」
 ちゃんと納得をさせれば協力するよ、ととりつく隙を見せない彼に、クルーゼはさらに苦笑を深める。
「いいことにしておこう。その時まではね」
 そろそろ戻らないと誰かに見られるな……とクルーゼが呟く。
「なら、さっさと出て行くんだね。ボクもこれ以上表に出ているのはまずいし……まぁ、貴方がキラを含めてうまくごまかせるというのならいいけど」
 クルーゼがこの部屋に来たこと自体はごまかせるし……と『キラ』は告げる。
「いや、遠慮しておこう」
 申し出はありがたいがね……とクルーゼが口にしたときにはもう、キラは再び作業に戻っていた。
 それを確認すると、クルーゼもまた部屋の外へと出て行く。
 何もなかったようにキーボードを叩く音だけが室内に残された。


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最遊釈厄伝