この手につかみたいもの

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「キラ! 何かあったのか?」
 ドアのロックが外されていることに不審を感じたのだろう。そう言いながら、アスランが部屋の中に飛び込んでくる。その後ろからニコルと呼ばれていた少年ともう一人、浅黒い肌に金髪の青年がついてきた。
「……イザーク?」
 彼の姿を認めた瞬間、アスランの瞳にきつい光が浮かぶ。
「ここで何をしていたんだ?」
 剣呑な口調でこう問いかけながら、イザークへと歩み寄っていく。
「お前には関係ない」
 ぷいっと視線をそらしながら、イザークはいつもの口調でこう告げる。
「関係ない? 隊長からキラの身柄を預けられているのは俺だ。キラの身の安全を確保するのも俺の役目だ」
 違うのか、と言いつつ、アスランはイザークの襟首を掴んだ。
「第一、お前がキラにいい感情を持っていないことは、俺だけではなく、ここにいる全員が知っているからな」
 何もしていないなどと信用が出来るか、とアスランは付け加える。そして、さらにイザークの首を締め上げようとした。
「アスラン!」
 その手をキラが止める。
「キラ?」
 キラの動きに、アスランの腕から力が抜けた。その隙を見逃すことなく、イザークは彼の腕を振り払う。だが、それすらアスランは気にならなかったらしい。
「何もなかったから」
 自分のために仲間達と諍いを起こすことだけはやめて欲しい、と告げるキラに、イザークだけではなく他の二人も目を丸くする。
 特にイザークは先ほどまでのキラの様子と今の彼とのギャップにどうしていいのかわからないという表情を作っていた。あれほど感情をぶつけ合った相手をこんな風にかばえるのかと不思議な生き物を見るような視線を向けている。
「本当に?」
 一方、キラの性格を知っているアスランは疑いを捨てきれないと言う表情で問いかけた。
「うん。すこし話をしていただけ」
 言葉とともにキラは淡い微笑みを口元に浮かべる。自分が知っているものとは全く異なった表情だというのに、ここに連れてこられてから初めて浮かべるそれに、アスランは一瞬見とれてしまう。
「……キラがそう言うなら……」
 キラのその微笑みを消したくなくて、アスランは渋々と言った様子でこう言った。
「だからといって、次はないからな、イザーク」
 同じような行動を取ったらただではすまさない、とアスランは言外に告げる。
「さぁな。危害は加えないとは約束するが、それ以外は俺の好きにさせて貰う」
 そんなアスランに対して、イザークはきっぱりと言い切った。
「……イザーク!」
 再び二人の間が険悪になりそうになる。
「……アスラン……ともかく、キラさんを隊長の所へ連れて行かないと……」
 そんな二人の間におずおずとした口調でニコルが口を挟んできた。
「そうだよな。そのために来たんだろう」
 アスラン一人では万が一のことがあるかもしれない、という理由で……とディアッカも口を開く。
「そうだったな」
 小さくため息をつくと、アスランは渋々と引き下がる。無駄な時間を使っている余裕がないことを思い出したらしい。
「……アスラン……ちょっといい?」
「何?」
 キラから声をかけてきてくれたことにアスランは内心喜びながらも聞き返す。
「その人達の名前、聞いてもいいのかな? あのデュエルのパイロットの人が『イザーク』だって言うのはわかったんだけど……」
 その言葉にアスランは眉をひそめる。どこでキラがそれを知ったのか……おそらく自分たちが来る前だろうとは思う。だがそれ以上に気がかりだったのは、そのことを聞いて彼が傷つかなかったかと言うことだった。
「金髪の方がディアッカで、小さい方がニコルだ」
 それでも素直に教えてしまうあたりやはり自分はキラに甘いのだろうか……と思わずにはいられない。
「よろしくお願いしますね、キラさん。あぁ、気が向いたらでいいですから、また歌を聴かせてください」
 顔を合わせたことがあるからだろう。ニコルが気軽に声をかけてくる。だが、その言葉を耳にした瞬間、キラが辛そうに瞳を伏せたことをアスランは見逃さなかった……

「……あいつは……あいつはいったい何なんだ?」
 荷物をまとめるために自分たちが使っていた部屋へと戻りながら、イザークが呟く。
「あいつって言うのは、アスランのお姫様のことか?」
 それをしっかりと聞きつけたらしいディアッカが即座に聞き返してきた。
「少し前まで怒りをぶつけ合っていた相手をあっさりと許すことが出来るものなのか。俺は……そんな奴、知らない」
 だが、イザークの耳にはディアッカの言葉は届いていないのか。彼の問いかけの答えではないセリフを口にする。
 どうやら自分たちが――正確に言えばアスランが――部屋に踏み込む前にやはり何か一悶着合ったらしい、とディアッカは推測した。
 だが、プライドの固まりのようなイザークのことだ。問いかけても素直に教えてくれるわけがない。かといって、キラの方を問いつめることも出来ないのは先ほどの一件でわかっている。
「王子様はお姫様に夢中と……誰にも取られないようにって事だろうな」
その手のことに疎いニコルや、怒り狂っていたイザークと違い、キラの肌に散っていた所有の証に気づかないディアッカではない。それが合意の上での行為かどうかはともかく、アスランは本気でキラを自分のものだと思っているらしい。出来ることなら誰の目にも触れさせたくないと言うのが彼の本音だろう。
 だが、自分たちが彼を拉致してきた――上の判断から言えば、ナチュラルに利用されていた所を保護してきた――理由を考えれば、それは不可能に近い。だから、何とかして自分に縛り付けようとしているのか。
「……意外と純情じゃん」
 自分から離れさせないために強引に体を縛り付ける。
 あれが『鉄面皮』だとか『人間コンピューター』とか言われていた年下の同僚の本心なのかと思うと苦笑を浮かべることしかできないだろう。
 同時に、彼だけではなく目の前の相手すらも魅了する少年。
「ちょっと興味が出てきたな」
 小さく呟く声は、自分の思いの中に沈んでいたイザークの耳には届かなかったらしい。
「……ともかく、命令は命令だ。本国までは付き合うしかないのか……」
 その間に、あいつの正体を見極める……とイザークは口にする。
「そうだな。それが良さそうだ」
 あるいは、ネイティブコーディネーターという以外にも何か秘密があるのかもしれない。
 それを見極めるのも暇つぶしになるか……とディアッカは心の中だけで呟いた。

「……お前にしてはがんばっているじゃないか……」
 端末に表示されたデーターを見つめながらクルーゼは小さく笑う。
「それだけ大切だったと言うことか。いや、守りたかったと言うことかもしれんな」
 あの男ならそうだろうとクルーゼは心の中で付け加える。自分が知っているあの男はそう言う性格だ。そして、男がそうするだけの理由が少年にはあった。
「いずれ……お前にも付き合って貰うさ。それまで死ぬなよ、ムウ・ラ・フラガ」
 おそらく、目的を完遂するには彼の力が必要だろう。その程度の信頼は相手に持っている。だが、今はまだそれを悟られるわけにはいかないのだ。
「とはいうものの、このままではまずいか」
 このままではフラガはザフトのホストコンピューターまで手を伸ばすだろう。そんなことになっては自分の計画がばれてしまいかねない。
「しかたがない……当たり障りのない部分だけでも教えてやろう」
 彼のことだ。それが仕組まれたものなのかどうかは判断できないだろう。
「これがあの少年なら違うのだろうがな」
 彼の才能はいったいどれほどのものなのか。
 宇宙に戻ってからゆっくりと確認させて貰いたいものだ、とクルーゼは付け加える。地上でそれを行わないのは、単に邪魔が入ることを懸念してのことだ。
 それでなくても彼の身柄をクルーゼの手からかすめ取ろうとしている者が多くいる。
 もちろん、そんなことをさせる気はさらさら無いし、彼を自分の側に置くためであればなんでもすると思っているものが自分の配下にいるのだ。誰であろうと簡単に少年の身柄を奪えるとは思わない。
 そして、一度宇宙にでてしまえば、周囲にいるのは信用がおける者たちだ。
「追いかけてきて貰わないといけないしな」
 クルーゼは小さく笑いを漏らすと、キーボードを叩き始めた。

 まさか、自分がしかけた相手からそんな手加減をされたとフラガは思わなかった。それ以上に重要だったのは、断片的とは言え自分が必要としている情報を入手できた、と言うことだ。
「……厄介だな……」
 口の中だけで呟いたつもりのその言葉は、周囲の注意を引き付けるだけの大きさを持っていたらしい。
「何かわかったのか?」
「少佐、キラは?」
 子供達がわらわらと彼の周囲に集まってくる。いや、集まってきたのは彼らだけではない。その場にいたクルー達全員が彼の周囲へと駆け寄ってきていた。
「とりあえず、命の心配はなさそうだ……ただ、坊やの居場所が問題だがな」
 そう言いながら、フラガは小さくため息をつく。
「ザフトの連中、坊主を宇宙へと連れて行く気だ。ジブラルタルにいてくれればまだしも、こうなれば今の俺たちでは手の出しようがなくなる」
 もっとも、自分たちが宇宙へ戻れば話は別だが……とフラガは付け加える。
「元々、我々はアラスカへ向かうのが目的でしたし……ここにとどまっていたのはキラ君の安全を確認するための時間を稼ぐためでしたから、それに関しては問題ではありませんが……」
 問題なのは、オーブを出た後の戦闘だ。
 ストライクがあったからこそ自分たちは何とかここまで辿り着くことが出来たのだが、今はそれを動かせる者はいない。フラガの才能はともかくスカイグラッパーだけではザフトの攻撃を逃れることは出来ないだろう。
「……その件だがな……オーブ製のMSを一機、かっぱらっていく気はないか?」
 ふっと思いついたようにカガリがこんなセリフを口にした。
「カガリ!」
 フラガだけではなく、周囲の者たちが驚いたように彼女の名を呼んだ。いや、その中には微妙にだが非難の色も含まれている。
「お父様の許可は取った。ついでに言えば、キラが内緒で仕上げてくれたOSもあるしな。十分手助けにはなるはずだ」
「だけどな、お嬢ちゃん……」
「私だってキラがさらわれてから遊んでいたわけじゃない。それなりに動かせるようになったから言っている。第一、本来なら廃棄されていたはずの試作機だ。存在すら知られていない」
 それに、MSなしで無事にたどり着ける自信があるのか、と問いかけられて、誰も即答できなかった。
「なら、決まりだな」
 勝ち誇った表情で笑う彼女に、フラガは小さくため息をつく。
「坊やの方が可愛かったな……」
 幸いというかなんというか。このつぶやきは他の誰の耳にも届かなかったらしい。
「……ともかく、無事でいろよ、キラ・ヤマト……」
 これだけはこの場にいる全員の気持ちのはずだ……とフラガは信じていた。


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最遊釈厄伝