この手につかみたいもの

BACK | NEXT | TOP

  23  



 キラに身支度を整えさせると、アスランは打ち合わせに出て行く。その後ろ姿がドアの向こうに消えた瞬間、キラはシーツの上へと体を投げ出した。
「……これじゃ、逃げたくても逃げられないな……」
 体が重い上にだるい。
 鍛え方に差があるのか――それとも、認めたくはないが、元々差があったせいか――アスランの方が体力がある。その上、どう考えてもこの行為は受け入れる側の方の負担が大きいのだ。はっきり言って、今のキラは自分だけの力で1時間と歩くことが出来ない。
 これでは逃げだそうにも逃げ出せないだろう。
「まさか、それも計算に入れているわけじゃないよね」
 アスランの方に暇さえあれば繰り返される行為。
 いくらキラが嫌がっても彼はそれをやめてはくれない。ただ、キラがおとなしくそれにしたがっていれば、彼の手は信じられないほど優しかった。だから、既にキラの中にはそれに対するあきらめみたいなものが生まれている。
 どうしてアスランがここまで自分に執着をしているのかわからない。
 だが、これ以上彼を壊したくないと思えば、キラには逆らうことが出来なかった。
「……本当、これからどうなるのかな……」
 アスランのことだけではない。他にも気がかりなことがいくつか存在している。それらに関する答えも、まだキラの中には浮かんでこないのだ。
 一番いいのはここから逃げ出すことだが、それは不可能だと結論が出ている。
 そして、アスランは自分を側から離す気がないらしいから、地上に残るという選択肢も事実上ないと言っていい。
 かといって、アスラン達と宇宙にでてしまえば、逃げ出すことはさらに難しくなるだろう。
「そう言えば、アークエンジェルはどうなったんだろう」
 無事に修理を終え、オーブを出発したのだろうか。それとも、まだあそこにとどまっているのか。それすら確認することが出来ない自分が悔しい、とキラは思う。
「……それだけでもいいから知りたいんだけどな……」
 おそらくアスランは教えてくれないだろう。だからといって、他の誰かに問いかけるわけにもいかない。
「結局、八方ふさがりなんだな」
 ため息とともにキラは天井を見上げた。
「……僕に出来ることは、みんなの無事を祈ることだけ、か」
 それは思い切りもどかしい事でしかない。出来れば、この手で守りたいというのが本音だ。
「……少佐……」
 せめてみんなを守ってください……とキラはアークエンジェル内で唯一戦える相手の面影を脳裏に描きながら呟く。
 同時に、ここにいて自分が出来ることはないかを探そうとも……
 どこにいても、彼らを守りたい気持ちには偽りはない、とキラが心の中で呟いたときだった。
 ドアのロックが外される音が耳に届く。
「アスラン?」
 体の位置を変えながら、キラは確認の言葉を口にする。この部屋に入ってくるのは彼だけなのだ。
 しかし、キラの瞳に映ったのは全く別の人物だった。
 白銀の髪とアイスブルーの瞳を持った青年と少年の境目にある人物。それは、キラが見かけた事のない相手だった。
「……貴方は?」
 キラは慌てて体を起こしながらそう口にする。いくら何でも初対面の相手に横になったまま話しかけるのは失礼だと思ったのだ。
「……貴様が……」
 だが、キラの疑問に答える代わりに彼はつかつかと歩み寄ってくる。そして、キラの襟首を掴んで強引に自分の方へと引き寄せた。
「貴様がネイティブコーディネーターでさえなければ、この場で殺してやるものを……」
 いったい彼が何を言っているのか、キラには今ひとつ理解できない。だが、彼は自分を憎んでいるらしいことだけはしっかりと伝わってきている。
 それも無理はないのか、とキラは心の中で付け加えた。
 おそらく、彼は自分が戦ってきた相手なのだろう。その中には自分を恨んでいる者がいたとしてもおかしくないのだ。
 しかし……
 そう思った次の瞬間だ。
 キラの心の奥から何かが浮かび上がってくる。その感覚は今までに何度も感じたものだ。
「ぐっ!」
 同時に、キラの足は彼の体を蹴り飛ばしていた。
 うずくまる彼に、キラは冷たい視線を投げかける。
「貴方が僕をどう思っていようと勝手ですけどね。僕にだって言いたいことはあります。あなた方のおかげで、僕らは居場所を失ったんですから!」
 それがなければ、今でもヘリオポリスで何も知らずに暮らしていけたのだ……とキラは言外に付け加える。
「確かに、あそこに連邦軍の秘密工場があったかもしれない。でも、それは僕たちにはまったく関係のないことでしょう! 貴方達の行為とユニウス7を攻撃した連邦軍の攻撃とどこが違うのですか?」
 それは心の奥底に隠していたキラの本心だったかもしれない。
 だが、決して口にするつもりはなかった言葉。
 それをどうして今自分は口にしているのだろう……とキラは心の中で呟く。だが、自分の唇は彼に対する糾弾の言葉を止めようとはしない。
「……それに、貴方達はヘリオポリスからの避難民が乗ったシャトルを、いくら戦闘中とは言え平気で打ち落としたでしょう! 貴方に僕を恨む権利があるというのなら、僕にだってそうする権利があります」
 違いますか、と付け加える自分の瞳は、いったい今、どのような光を浮かべているのか……
「そんなこと、していない!」
「しました。僕の目の前で、デュエルが!」
 あれがなければ、もっと違った道が選べたのだろうか……とキラの心の中で誰かが呟く。
「……あれが、避難民の乗ったシャトルだと?」
 だが、キラが予想した以上の衝撃を目の前の相手は感じていたようだ。
「戦場から逃げ出そうとした臆病者が乗っていたのじゃないのか?」
 続けられた言葉に、キラはまさか……という表情を浮かべる。
「……貴方がデュエルのパイロット……」
 つぶやきが二人の間に落ちた。


BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝