この手につかみたいもの
22
あれだけ眠っていた――正確に言えば、薬のせいで意識が失われていただけなのだが――というのに、どうして夜になると眠くなるのだろうか。
幸か不幸か、アスランは任務のためにこの部屋にいない。
その事実がキラを安らかな眠りへ導いてくれていたはずだった。
静かにドアのロックが外される。そして、音を立てないように開かれたドアの隙間から、夜目にも白い制服を身にまとった人物が部屋の中に滑り込んできた。もちろん、それはアスラン達の上官であるクルーゼだ。
そのまま、クルーゼはキラの側まで歩み寄ってくる。
「……何か用ですか?」
顔を覗き込んだ瞬間、キラの唇から声がこぼれ落ちた。
「……気がついていたのかね」
クルーゼの口元に小さく微笑みが浮かぶ。
「もっとも『君』ならそれも当然なのだろうがね」
この言葉にキラの眉が寄せられる。
「……何がおっしゃりたいのですか?」
ゆっくりと体を起こしながら、キラは彼に問いかけた。その口調は本当に訳がわからないと告げている。
それにはあえて答えず、クルーゼは身につけていた仮面を外した。その瞬間、キラが息をのむ。
「……貴方は……」
「覚えていてくれたようだね。もう12年も前のことだから忘れられていて当然だと思っていたのだが……」
微笑みながら告げられた言葉に『キラ』は身にまとっていた雰囲気を一変させる。
「何の用ですか?」
そして、先ほどと同じ言葉を微妙にニュアンスを変えて口にした。
「出来るだけ『ボク』は表に出たくないのですけどね……えぇ、これ以上」
『キラ』がそれで苦しんでいたのだから……と続ければ、クルーゼは頷いてみせる。
「だが、このままではもっと彼を苦しませることになる……だから、協力して欲しい」
我々の未来のために、と付け加える彼に『キラ』は考えるように小首をかしげて見せた。
「……少し時間が欲しいな……キラがどうしたいのか決めるまで」
やがて、吐き出すようにこう口にする。
「あぁ、かまわない。時間はまだあるからね。ただ、無限だとは言い切れないが」
言葉を口にしながら、クルーゼは再び自分の顔へとマスクをつけていく。
「……一つだけ聞いてかまいませんか……」
「何かな?」
その手を止めることなく、クルーゼは逆に聞き返してくる。
「貴方の目的はいったいどちら、ですか?」
この言葉に、クルーゼは微笑みにかすかに苦いモノを含ませた。
「それが、自分でもよくわからないのだよ、まだ」
だから、まだ時間があると言っていいのだけどね……と告げられる言葉に『キラ』は頷く。それを確認して、クルーゼは彼に背を向けると歩き出す。
「……ザフトも一枚岩じゃないって事か……」
本当、どうしようね……と呟かれた言葉は誰の耳にも届かなかった……
かたかたと音をさせながら、フラガはキーボードを叩いていた。
「……坊主ならこのくらい簡単なんだろうがな……」
さすがに自分の能力では辛い……と付け加えつつも、フラガは手を止める様子を見せない。
「せめて、居場所だけでも確認しておきたい」
例え今は助けに行くことが不可能でも、居場所さえわかっていれば何とかなるかもしれない。
だが、同時にキラにとってはあちらの方が居心地がいいかもしれないとも思う。
少なくとも、彼がコーディネーターだからと行って差別する者はいないだろう。同時に、彼があそこの被害者の一人だと知られれば、彼の行動に同情の目を向ける者はいても避難する者はいなくなるのではないか、とも思う。
「もっとも、拉致の理由がそれだった場合だがな」
それ以外の理由だった場合、キラの命は保証されない。
「……あいつがいるから、大丈夫だとは思うが……」
自分と同じ境遇に置かれた相手。
そして、キラとも……
その人物は今ザフト内でそれなりの地位を得ているらしい。その事実だけはフラガも知っていた。そして、その命がまだあることも。
自分たちはどこまで行ってもお互いの存在から逃れられないらしい。
フラガは苦笑を浮かべながら、今だけはその事実に感謝したいと思う。
「あいつが地上に降りてきた。ザフトの坊やがキラを拉致した……というのであれば、間違いなくキラはあいつの元にいる」
だから、余計に確認したいのだ……とフラガは呟いた。
「坊主をこれ以上傷つけさせたくないからな」
キラの中にいるもう一つの意識。
それが表に出てきたとき、『キラ』がどうなるのかわからない。
フラガは小さくため息をつくと、再びキーボードを叩き始めた……
アスランのぬくもりが離れた瞬間、キラはほっとしたようにため息をついた。
それにアスランはかすかに眉をひそめる。だが、すぐに思い直したようだ。
「そんなに良かった?」
くすりと笑いながら、アスランはキラの背に口づけを落とす。その瞬間、キラの体が小さく震えた。おそらく、まだ快感がさめやらないのだろうとアスランはほくそ笑む。
「ここもずいぶん慣れてきたよね?」
そのまま唇を滑らせるとまだ収縮を繰り返している後ろに触れた。
「やっ!」
「……本当に恥ずかしがり屋だね、キラは」
ここ、気持ちいいって知っているだろうに……と言いながらも、珍しくアスランはそれ以上何も仕掛けてこない。
「……アスラン?」
中途半端に煽られた体をその腕に抱え上げられて、キラは不審そうに彼の名を呼ぶ。
「残念だけどね。これから宇宙に戻らないと行けないんだ。キラも一緒に行くんだから、体調を整えておかないとね」
説明の言葉を口にしながら、アスランはそのまま備え付けのシャワールームへと足を向ける。
「まぁ、向こうに戻れば、余計なおまけとは離れられるだろうから、もっと一緒にいられるだろうけど」
それでも、一度は本国に戻らなければいけないだろうとアスランは小さくため息をつく。その後、はラクスの力も借りなければならないだろうな、と思いつつ、アスランはキラの体をそうっとタイルの上に下ろす。
「キラ、そのまま後ろ向いて」
きれいにしてあげるから……と言われて、キラは全身を朱に染める。そのまま、体を縮めてしまう。
「でないと、後で大変なことになるだろう?」
みんなの前で恥ずかしい思いをしたいの? と付け加えられて、キラは泣きそうな表情になった。それでも、渋々と言った様子でゆっくりと立ち上がる。
「いい子だね、キラ」
言葉とともにアスランの指がゆっくりと中に滑り込んできた。
「……んっ……」
その瞬間、キラの腰が揺れる。
「本当、感じやすいよね、キラは。可愛いな」
自分が注ぎ込んだモノを掻き出しながら、アスランは笑う。
「出来れば、僕とキラの遺伝子を混ぜてみたいんだけどね……さすがに、今の科学力でもそれは不可能だし……」
本当、残念……とアスランは告げる。その時、彼がどんな表情をしていたのか、快感を耐えていたキラは見ることが出来なかった。