21
肌寒さを感じて、キラはゆっくりと目を開いた。
そのまま体を起こそうとする。
「っつ!」
だが、その瞬間、体の奧から痛みが全身を駆け抜けた。動けば、また同じ痛みを味あわないといけないかもしれない。そう思えば、中途半端な姿勢のまま動けなくなってしまう。
「……どうして……」
こうなった理由もしっかりと思いだしてしまった。
フラガとの行為がすべてだと思っていたのに、実は違ったのだと言うことをキラはその身でしっかりと教え込まれてしまったのだ。しかも、親友だと思っていたアスランに。
「どうしてだよ、アスラン」
例え敵同士になったとしても、自分の『親友』は彼しかいないのに……
それとも、敵になってしまった罰なのだろうか。
「……僕は……」
アスランとこういう事はしたくなかった、とキラは口の中だけで呟く。だからといって、他の誰かとしたいのかと問われても悩むだけだ。あるいは、あのままであればフラガとという可能性も否定は出来ないが、そこまで進まなかった可能性の方が大きい、とも思う。
あくまでも、自分たちの行為はコミュニケーションの一環で、自分が落ち込んでいるときにフラガが眠れるようにしてくれるためモノもだった、とキラは信じていたのだ。
もちろん、フラガに好意を持っていないわけではない。むしろ、ヘリオポリスでの友人達よりも最近は親しみを覚えていた。友人達を守りたいという気持ちに嘘はないが、やはりどこか壁みたいなものを感じてしまうのだ。しかし、フラガにはそれがない。だから、あんなに彼の側は居心地が良かったのかもしれない。
「僕は……」
フラガの元へ戻りたいのだろうか。
それとも、このままアスランに流されたいのだろうか――あのころのように――
「僕は、どうしたら……」
「どうするって、キラは僕の側にいればいいんだよ」
いったいいつの間に戻ってきたのか。アスランの声がキラの耳を叩く。首をねじって視線だけを向ければ、手に救急キットを持った彼が微笑んでいた。優しいはずのその微笑みが怖いと思ってしまうのはどうしてなのだろうかとキラは心の中で呟く。
「どうしたんだい、キラ。そんな変な格好で?」
中途半端に体を起こしたままのキラに気がついたのだろう。アスランは苦笑をにじませながらゆっくりと近づいてくる彼の姿が見える。
「あぁ、ごめん。起きたかったんだね。でも、痛くて出来なかったんだ」
ここが……と付け加えながら、アスランの指がキラの後ろに触れてきた。
「ひっ!」
その感触に、キラの体がすくみ上がる。またそこをアスランのモノで突き上げられるのだろうかと思った瞬間、恐怖がキラを襲う。
「そんなに痛かった? ごめんね。でも、すぐになれるから……」
そうしたら気持ちよくなるよ……と囁きながら、アスランはそこにゆっくりと指を沈めてきた。そして、中をかき回す。その動きに呼応するように濡れた音がそこから響いてくる。
「あぁ。まだ、僕のが残っているね」
くすりっと笑いながらアスランはそこから指を引き抜いた。
「手当をする前にきれいにしてあげないと、キラが後で困るね」
「アスラン!」
そのまま指を舐めるアスランをキラは恥ずかしさのあまり怒鳴りつける。
「大丈夫だよ、キラ。何も心配いらない。だから、全部僕に任せてくれればいいから」
ね、と言われても頷くことが出来ない。そんなキラにアスランは別段怒る様子を見せない。どうやら、彼が恥ずかしさで身動きできないと思っているらしかった。
救急キットをベッドの上に置くと、アスランはキラの体を抱え起こす。その瞬間キラは全身を襲った痛みに小さくうめき声を漏らす。そんなキラをいたわるかのように、アスランの手が優しく背中をさすった。
「アスラン、僕は……」
「ここからでてどこに行くと言うんだ、キラ? ますます苦しむだけだろう」
キラに最後まで言わせることなく、アスランはこう言い切る。その言葉はとても優しいのに、どうして彼の耳には自分の声が届かないのだろうか、とキラは悲しくなる。
「……どうして……」
言葉とともにキラの目尻から涙がこぼれ落ちた。
「キラ、泣かないで……」
その涙をアスランの唇が優しく吸い取る。その仕草は、月面で別れる前の彼のものと同じだった。それだからこそ、キラは今の自分たちの隔たりが悲しくなってしまう。
「どうして、僕たちはこんなに離れてしまったのかな……」
小さな声でこう呟けば、
「そんなことないだろう? こんなに近くにいるじゃないか」
そう言いながら、アスランは腕に力を込めてキラの体を引き寄せた。
確かに体の距離はそうかもしれない。
しかし、心の距離はどうなのだろうか。
キラは静かに涙をこぼし続けていた……