この手につかみたいもの

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  17  



 門から出ると同時に、キラは小さくため息をつく。
「……まさか……あんな物を作っていたなんて……」
 連邦ですらGを完成させていたのだ。オーブがMSの開発を成功していてもおかしくはない。だが、今自分が開発の手伝いをしているあの機体は、フェイズシフト装甲すらないものの、機動性だけを見ればエールユニット装備のストライクに劣らないだろう。
 しかも驚いたのは、それが複数存在しているという事実だ。
 あれだけの数のMSをもって、オーブはいったいどうしようとしているのか。
 そんなことを考えていたせいだろう。
 キラは気がついたら門からかなり離れたところまで辿り着いていた。
「……あれ、いつの間に……」
 まずいよね……とキラは呟く。
 フラガから迎えに行くまでは門のところで待っていろときつく言われたのが夕べのこと。彼があんな風にきつい口調で言うときはそれなりの理由があってのことだ、と言うことをキラは知っている。だから、理由を聞くことなく頷いたのだ。
 それなのに、自分は今こんな所にいる。
 フラガが来る前に戻らないとまずいだろう。
 そう判断をして、キラはきびすを返した。そして、そのまま門へと戻ろうと足を踏み出す。
「トリィ?」
 しかし、そんな彼の行動を否定するかのようにキラの肩から飛び立ってしまう。
「駄目だよ、トリィ!」
 慌ててキラはトリィを捕まえようと駆け出す。一方トリィの方は、というと、まるで何か目的があるかのようにまっすぐに飛んでいる。それは普段のトリィらしくない行動だと言っていい。
「トリィ、戻ってこいってば!」
 そう言いながらキラが木立の中を抜けた瞬間だった。
 信じられない光景が目の前に広がっている。その事実に、キラの足が止まってしまう。
 トリィがゆっくりと降りていく。
 それに目の前の人物が微笑みながら手を差し出してやっている。
「……何で……」
 ここに彼がいるのか。キラはその光景に呼吸をすることすら忘れてしまっていた。
 キラが思わず呟いた声が耳に届いたのだろう。彼――アスランはゆっくりと視線を向けてくる。そして、あのころと同じ柔らかな笑みを向けてきた。
「久しぶりだね、キラ」
 自分の名を呼ぶ彼の口調もあのころのままだ……とキラは思う。同時に、そんなアスランにキラは違和感を感じてしまった。
 そう、あまりに彼はあの幸せだった頃のままなのだ。
 望む望まないにかかわらず、自分たちは今、敵として存在している。そして、何度も自分は彼がさしのべてくれた手を払いのけたのだ。その結果、自分の手は同胞達の血によって汚れている――決して、その命を奪いたくなかったと思った相手もいたのに――
 第一、彼はあの時自分に向かってこういったのだ。
『次に会ったときは俺がお前を討つ』
 と……
 そんなアスランが、今こうして自分に向かって微笑みかけているわけがない。
 もしそんなことがあるとしたら、それは自分が見ている夢だろう。
 キラはそんなことを考えていた。
「どうしたの、キラ」
 だがキラの願いを打ち砕いたのは、優しく触れてきたアスランの指だった。そのぬくもりが、これが現実だと告げている。
 その事実を認識した瞬間、キラの中で何かが警鐘を鳴らした。
 このままここにいてはいけない。
 その想いのままキラはこの場を逃げ出そうと振り向いた。
 しかし、いつの間に来たのか、そこにはニコルの姿がある。
「……貴方は……」
 その顔にキラは見覚えがあった。
 その彼がアスランと一緒にいる……と言うことは、彼もアスランの仲間なのだろうか。
 一瞬だけ、キラの思考が現実から離れる。
 その隙をアスランが見逃すはずがなかった。
「キラ、ごめんね」
 彼の体を背後から抱き込んだ……と思った次の瞬間、手刀をキラの首筋にたたき込む。
 キラはそのまま意識を失いぐったりとアスランの腕の中に倒れ込んだ。
「……あいつら、キラに何をした?」
 彼がこんな風に自分を拒むとは思わなかった……とアスランは言外に付け加える。
「ともかく、この場を離れた方が」
「わかっている。どうやら誰かがキラを迎えに来たようだし」
 自分たちの今の姿を見られるのはまずい、と付け加えると、アスランはキラの体を易々と抱え上げた。そして、その軽さに眉をひそめる。
 だが、この場でそれについていかってもしかたがないだろう。
 アスランはニコルに視線で合図を送ると、足早にその場を後にした。


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最遊釈厄伝