この手につかみたいもの
16
オーブという国は――その位置も関係しているのだろうか――妙に楽天的な印象を与えてくれる。アスランは心の中でそう呟きながら、周囲に視線をさまよわせた。
「ニコル……確か、出迎えがいるはずだったよな?」
そして、自分と同じように周囲を見回している彼にこう声をかける。
「そう聞いていましたが……それらしき人は見つかりませんね」
この場にいるのは彼ら二人だけ。残りの二人も来ると言い張ったのだが、万が一を考えて近くで待機をしている。戦闘にはならないと思うが、キラを拉致した後、オーブやアークエンジェルがどのような行動を取るかわからない以上、保険はかけておくべきだと判断したのだ。
本来なら、アスランは自分一人で来るつもりだった。
だが、キラを拉致した後一人では脱出は無理だろうとニコルに押し切られたのである。
「……おそらく、何かで遅れているのだろう。しばらく待ってみるか」
アスランはため息と共にこう言った。
「そうですね。僕たちだけでは右も左もわかりませんし」
それに、必要な情報を入手するのに時間がかかりすぎるだろうとニコルも頷く。
確かに、自分たちがあれこれ聞き回ったらかえって人目を惹いてしまうだろう。だから、事前に潜入していた工作員の手を借りることが出来るようにクルーゼを通じて手を回していたのだ。
しかし、アスランの焦る気持ちをあざ笑うかのように、ぽっかりと時間が空いてしまう。
だが、これはチャンスかもしれない……とアスランは思い直す。
「……ニコル……」
この機会を逃せば、彼らが出会ったときのキラの様子を知る機会がなくなってしまうかもしれない。そう判断をしてアスランはニコルに声をかける。
「はい?」
「時間つぶしに君が会ったときのキラの様子を聞かせて貰ってもかまわないか?」
出来るだけさりげない口調でアスランは彼に問いかけた。
「かまいませんが……本当に少しの時間だけでしたからそれほど話せることはありませんよ?」
「かまわないさ」
ふっと微笑みを作りながらアスランはこう告げる。その表情に促されたのだろう。ニコルは口を開き始める。
「隊長に言われて、情報屋という方の所へ行ったときです。その人がいらっしゃるというビルの前に小さな公園があったのですが、そこから歌が聞こえてきたので、覗いたら、あの人がいたんです」
ニコルの言葉にアスランは動揺を隠せない。だが、幸か不幸か、ニコルはアスランのそんな表情には気づかなかったようだ。
「本当は声をかけるつもりはなかったのですが、あの人が泣いてたのでつい……」
見過ごすことが出来なくなったのだ、とニコルは苦笑を浮かべる。その気持ちはわかる、とアスランは心の中で呟いた。
「何か苦しんでいらしたようなので、せめて話だけでも聞こうと思ったときに、あの人を呼ぶ声がして……そう言えば、あの時から様子がおかしかったのですけど、僕たちにも時間的余裕がなくって……その相手の人が連邦の軍人だったのでは、と言ったのはディアッカでしたが……」
確認をすることも出来なかった、とニコルは瞳を伏せる。
「……その場に、俺がいたら……」
もっと状況が変わっていたのだろうか、とアスランは思う。
おそらく、ラクスを逃がしたことでキラは監視される対象になったのだろう。それでも外に連れ出されたというのは、その身に何かされていたからだろうか。
その可能性は否定できないな、とアスランは心の中で呟いた。
「過ぎてしまったことを悔やんでもしかたがないがな」
それだったらこれからの計画をしっかりと立てた方がいいか、とアスランは苦笑を浮かべる。
「そうですよ。何としても、あの人に来て貰わないといけないんですから」
僕たちの未来のためには……とニコルは口にした。
「それに……僕個人としては、あの人の歌をもっとゆっくりお聴きしたいな……と思います。出来れば、あんな悲しい歌じゃなくて、明るい歌を」
彼のこの言葉に、アスランは目を丸くする。
「どうかしましたか?」
その表情のまま見つめられたニコルが驚いたように問いかけてきた。
「……ラクスが、同じセリフを口にしたんだ……キラの、明るい歌を聴いてみたいって……」
そう言えば、ニコルはピアノをやっていたな……とアスランは心の中で呟く。音楽をやっている人間にはキラの歌というのは別の意味を持っているのかもしれないとも思う。
「ラクスさんが? そうなんですか。良かった、僕だけじゃなくて」
ディアッカに話したらあきれられましたから、とニコルは微笑む。
「あぁ、昔のキラの歌を聴かせたら、今のキラの声で聞きたいって」
こう口にした瞬間、アスランは思い切り後悔をしてしまった。
「それ、僕も聴きたいです」
にっこりと微笑みながら、ニコルがこう言ってきたのだ。彼の様子から、アスランが頷かないうちは引き下がらないだろう。
「……それより、あいつを説得する方が早いぞ」
データーは本国だ、と言ってアスランはその場をごまかす。
「申し訳ありません。情報の裏を取っていたら遅れました」
タイミング良く、出迎えの相手が駆け寄ってきた。彼が口にした言葉は十分遅れてきた理由になるだろう。アスランとニコルは、気にしていないと言うように頷いて見せた。