この手につかみたいもの

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 ザフトに攻撃されたアークエンジェルが逃げ込んだのはオーブの勢力圏内だった。
 そこで、カガリがオーブの代表首長の娘だと一同は知る。
 そのおかげでアークエンジェルは一時的とは言えオーブに保護されることになった。だが、その見返りとして要求されたのは、ストライクの戦闘記録と、キラによるオーブ製MS用サポートシステムのOS開発だった。
 不本意だが、それを引き受けざるを得ないキラ達だった……

「すまないな、坊主……」
「いえ。気にしないでください」
 フラガに微笑み返すと、キラは迎えにきたモルゲンレーテ社の技術員と共に建物の中に入っていく。
 彼らが足を踏み入れることを認めたのはキラのみ。
 どんなに側にいてやりたいと思っても、フラガは追いかけることが出来なかった。
「……いったい、奴ら、何を考えていやがる……」
 それでも、少しでも長くキラを護ってやろうとするかのようにその瞳は彼の背を追いかけている。
 中立国であるオーブがMSの開発をしている。その事実自体は別段おかしくはないのかもしれない。だが、彼らはその気になればザフト製のOSを入手することだって出来るであろう。
 それにも関わらず、キラを利用しようとしている。
 フラガでなくてもうさんくささを感じてしまうだろう。
「と言っても、ここで俺が出来ることはないか……」
 さて、どうするか……とフラガは呟く。そんな彼の視界に見慣れてきた人影が映った。
「お嬢ちゃん、何しているわけ?」
 だが、その行動は決してオーブの代償首長の娘のものとは思えない。他に何か理由があるような気がして、フラガは問いつめるような口調で言葉を投げつけた。
「……べ、つに……何も……」
 まさかここでフラガと出会うとは思っていなかったのだろう。カガリは表情をこわばらせてこう言い返す。だが、それはフラガに『何かあります』と教えているようなものだった。
「……じゃ、質問を変えよう。お嬢ちゃん、お前、キラのことで何を隠している?」
 アフリカでの出会いはもちろん、その後も彼女がキラの事をさりげなくかばっていたことは知っている。そのおかげで、キラの笑顔が増えたのもまた事実だ。そんなキラを見たいと思っていたフラガにはもちろん文句はない。
 だが、いくら彼女の命をキラが助けたとは言え、カガリの行動は行きすぎていたと言っていい。
「……何のことだ?」
「おにーさんを甘く見るんじゃないって。お嬢ちゃん、坊主を構い過ぎたんだよ」
 それも、まるで母猫が子猫を守るような細心さでな……と言いながら、フラガはゆっくりとカガリの体を拘束するような体勢を作る。
「別段、俺はお嬢ちゃんを糾弾しようっていうわけじゃない。坊主を護ってやりたいだけだ。そのために、少しでも多く情報が欲しい」
 だから、知っていることを教えてくれ、と付け加えるフラガの顔をカガリはまっすぐに見つめてきた。
 その視線をフラガは瞳をそらすことなく受け止める。
 そうしてにらみ合って、どれだけの時間が過ぎただろうか。
 先に瞳をそらしたのはカガリの方だった。
「……決して、他の誰にも知られないようにすると、約束してくれるか?」
 この問いかけが彼女の答え。
「もちろんだ」
 既に山ほどの秘密を抱えているしな……とフラガは心の中で呟く。もちろん、それはカガリの耳に届くことはない。
「……あいつは……私の双子の片割れなんだ……」
 囁くように告げられたこの言葉は、フラガも予想していなかったものだと言っていい。
「……言われてみれば……似ているか……」
 性別の差。
 性格の違い。
 何よりも大きいのはその言動の違いだろう。
 一歩退いてしまうキラと違って、カガリは何でも自分が先頭に立ってやるタイプだ。そのせいで似ているとは思えなかった二人だが、よくよく見れば顔のパーツはよく似ている。確かに双子だと言われても納得できる。
 だが、キラのデーターではあくまでも彼は『一人息子』だったはず。
「何か事情があるようだな」
 おそらく、彼のIDデーターと同じように彼女のデーターも改変されているのだろう。
 それだけ大がかりな事を行うにはそれなりの組織力が必要だ。その中心人物がオーブの首長だというのであれば、ある意味納得できるだろう。
「……ここじゃ誰に聞かれるかわからないな……場所を移すか」
 だが、カガリの告白は下手をすれば彼女やその周辺の人々にだけではなく、キラ自身の命おも脅かすかもしれない。そう判断をしたフラガは、彼女を自分が使っている車へと誘う。
 そんなフラガに、カガリは素直に同意を示した。

「……足つきはオーブか……」
 アスランは小さく呟くと何かを考え始める。
「アスラン?」
 そんな彼にニコルがどうするのかというように声をかけた。
「下手に入国をすればばれるか……」
「それ以前に、入国できるかどうか」
 先日、アークエンジェルをおっていったザフト軍とオーブ軍が敵対した事実がある。その時にその場にいたものではないとはいえ、ザフトの軍籍を持っている自分たちが正攻法で入国できるとは思わない。
「オーブのID、入手できないかな」
 情報局の連中なら可能だろうが……とアスランは呟く。
「そうですね。それが一番確実でしょう……相談してみますか?」
「あぁ」
 アスランが頷くと、ニコルは任せておいて欲しいといいながらその場を離れていく。
 その後ろ姿がドアの向こうに消えたところで、アスランはうっすらと微笑みを浮かべる。
「もうじき、お前を迎えに行けるよ、キラ」
 そうしたら、絶対離さないからと付け加えつつアスランはうっとりと目を細めた。

「……私も……地球に戻ってくるまで知らなかったんだ。キラと私が双子だったなんて……」
 ただ、気になったから彼のことを調べたのだ……とカガリは付け加える。
「そうしたら、衝撃の事実が出てきた……ってとこか」
 苦笑を浮かべつつフラガはポケットからたばこを取り出す。そして、カガリに断ってからそれに火をつけた。
「だが、だったらどうして坊主のIDが変更されているんだ? その程度のことなら隠さなくてもいいだろうに……」
「……あいつがコーディネーターとして生まれたこと自体が問題だったらしい……」
 フラガのつぶやきに、カガリが囁くように言葉を口にし始める。
「確かにオーブは中立国で……コーディネーターに関してもそれほど偏見はない。だけど、わざわざ子供の片方だけをコーディネイトするなんておかしい……と思ったら……あいつ、コーディネイトされていないのにコーディネイターとして生まれたんだって……」
 最初は誰もその事実に気がつかなかったのだと。だが、周囲にその事実が知られた瞬間、あちらこちらの研究所からキラを差し出せと言われたのだという。もちろん、実験材料としてだ。
 もっとも、それを二人の両親が受け入れるわけがない。
 断られた相手がそれであきらめるわけがなかった。彼らはキラを入手するために実力行使にでたのだ。
「ようやくキラを取り戻したとき、あいつはそいつらのせいでかなりぼろぼろだったらしい。まだ幼年学校に上がるどころか親元で庇護されていなければならない年齢だったって言うのに……だから、父様達と相談して、私の片割れのキラは死んだことにしたんだそうだ。そして、その代わり『第一世代』のコーディネーターのキラがこの世に存在することになったんだと……でも、連中はまたキラを見つけてしまった……だから、ヘリオポリスへ移住するときにまたIDと経歴を書き換えたんだって」
 オーブ国内のことだからなんとでもなったらしいとカガリは締めくくった。
「……なるほどな……坊主が強化研にいたらしいことまでは俺も調べられたが……そう言う理由だったのか」
 フラガも深いため息の後にこう口にする。
「って事は……坊主の経歴をマジで隠しておかないといけないって事か……と言っても、坊主自身がその事実を知らないんだから、平気で口にしているし」
 かといってキラにそれを教えるわけにはいかないだろう。
 ただでさえ彼は自分がコーディネーターだと言うことをマイナス要因としか捕らえていないのだ。
 そんな彼に今の話を聞かせたらどうなるか……などと言ったことは簡単に想像が出来てしまう。
「……ともかく、一番いいのは出来るだけ外部の連中に接触させないことだが……」
 モルゲンレーテ社に行っている以上それも難しいか、とフラガはため息をついた。
「それなら心配いらない。あそこには私の知り合いがいる。その人にキラのことを身内だと言って頼んである。」
 実際、キラの父親はオーブ代表首長であるカガリの父親と血縁関係なのだ。嘘は言っていない、とカガリは苦笑をする。
「……それで大丈夫ならいいんだがな……」
 IDを偽装し経歴をごまかして月に逃げたというのに、そいつらはキラを見つけてしまった。
 そして、おそらく自分が手に入れたのと同じ情報を、そちらとは別の厄介な相手も掴んでいるだろう。
 彼らが『キラ』の秘密を知ったらどうするのか。おそらくその存在を手に入れようと動き出すに決まっている。その理由をフラガは知っていた。
「……俺は、坊主を守れるか?」
 呟かれたのは疑問ではなく確認のための言葉。
「守るって約束はした以上、努力はするがな」
 一人では難しいのもまた事実。
「私だって、キラを失いたくないからな。力が及ばないとしても、あきらめる気はないぞ」
 そんなカガリの言葉に、フラガはふっと微笑んだ。
「そうだな。その気持ちが一番重要だ」
 最初からあきらめてしまえばどんなに努力をしても無駄だろう。あきらめなければどうにでもなる。そう心の中で呟きながら、フラガはカガリの髪をキラにするように撫でてやった。


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最遊釈厄伝