この手につかみたいもの
13
情報収集と物資補給のためにレジスタンス達とバジルール、それにキラを送り出してから、フラガは自分のパソコンを起動した。そして、その中に地球に降下する前に届けられたディスクを読みとらせる。
今までそれができなかったのは、身近にキラがいたからだ。誰だって、知らないうちに自分のことをあれこれ調べられていたら気持ちよくないだろうと判断しただけのこと。
まして、それが自分が信用したいと思っている相手ならなおさらだろう。
少なくとも、フラガは自分がキラに信用されていることはわかっていた。いや、それ以上の感情を今の彼は抱いているのかもしれない。だとしたら嬉しいが、といいながらキーボードを操作する。
すぐにモニターに文字が浮かび上がった。その内容に素早く目を通しながら、フラガは思わずため息をつく。
「……どうして、いやな予感って言う奴は当たるんだろうな」
その文字を最後まで読んだところでフラガはため息混じりにこう呟いた。
「今はまだいい……坊主がコーディネーターだと言うことがすべてを押し隠してくれている。それに、どこの誰かわからないが隠蔽工作までしてくれているようだしな……」
だが、こんな状況がいつまでも続くわけがない。
自分たち以外の連邦軍の前に『キラ』が姿を見せれば、誰かがきっと気がつくだろう。未だに『あそこ』にいた者たちは連邦軍の中に在籍しているのだから。
「さて、どうするか……」
キラのIDと公式に残されている経歴を楯に突っぱねさせるか。
それとも、誰かを巻き込んで完全に彼の存在を隠蔽するか。
どうすればキラを守れるだろうか……とフラガが考えたときだった。誰かが入室を求めてきた。
「開いてるぞ!」
モニターに映っていたデーターを隠しながらフラガはそう叫ぶ。
「失礼します」
そう言いながら顔を出したのはキラの友人達の二人、ミリアリアとトールだった。
「どうかしたのか?」
この二人が付き合っていることはキラから聞いていたし、彼らが一番キラのことを気にかけていることも知っていた。そんな二人が深刻そうな表情を作っているのを見て、フラガは眉をひそめる。
「……あの……キラのことで……」
そんな彼の表情をどう受け止めたのか。ミリアリアがおずおずとした口調で切り出した。
「坊主がどうかしたのか?」
そう言いながら、フラガはようやくいつもの調子を取り戻す。そして、二人に座るよう手で促した。
「……最近、また何か落ち込んでいるようで……食事も残しているようなんです……」
自分たちと一緒の時はそうではないが、一人で食べているときは……と二人は口にする。
「……スカイグラッパーの設定で俺も坊主から目を離していたからな……」
でなければ、食事を残すなどと言うことをさせるわけがない。いや、それを心配していたからこそ、彼らにキラの様子に気をつけてくれるように頼んでおいたのだが。
「フレイが……また何かキラに言ったみたいで……それで落ち込んでいるらしいんです」
ミリアリアのこの言葉に、フラガは盛大にため息をついてしまった。
「ったく……あのお嬢さんは……」
彼女が一番最初に志願したせいで、他の友人達も軍人への道を歩むことになった。そして、彼らを見捨てられないキラも……それに関してはある意味フラガも感謝していると言っていい。だが、それと彼女の言動とはまったく別問題だ。
「坊主に余計なちょっかいはかけるわ、邪魔はするわ……いっぺん、きちっと話をつけた方がいいかもな」
こう口にしながらも、キラの食欲が落ちている原因はそれだけではないだろうと思う。
『何かが囁いてくるんです……僕に……』
いつものようにお互いの熱を解放しあった後のけだるい時間。キラが小さな声で呟いてきた。
『……坊主?』
不安そうなそのまなざしに、フラガは心配そうに目をすがめる。
『……みんな壊してしまえって……』
言葉と共にキラは掌で顔を覆う。
『気にするな……そんなのは気のせいだ……』
自分の言葉が真実だとは言い切れないことをわかっていても、フラガはキラにこう囁きかける。そして、その細い体を引き寄せた。
『新兵がよくかかる病気みたいなもんだよ、それは。だから、気にする必要はない』
そして、キラに暗示をかけるかのように同じ言葉を囁いてやる。
フラガのぬくもりと髪を撫でる優しい指の動き、そして繰り返される言葉を耳にしているうちにキラの意識は眠りの中へと落ちていったらしい。その唇から寝息が漏れ始める。
『大丈夫だ……』
その寝顔が安らかな物であることを確認すると、フラガもまた瞳を閉じた。
今日、キラを出かけさせたのも気分転換のためだった。少しでもあの言葉を忘れてくれれば……と思ったのだ。
「……しかたがないな……坊主は最前線で戦ってる。坊主の性格上、それがストレスの原因だろう」
そして、それはつきることはない。
だが、フラガの言葉は目の前の二人に別の意味で衝撃を与えたようだ。
「……結局、俺たちはあいつを傷つけているだけなんでしょうか」
「違うな。君たちがいるから坊主はまだ正気でいられる。だから、そんなに卑下するな。そして、自分たちが力不足だと思うなら、少しでも坊主を助けられるようにがんばるしかない」
俺も含めて……と言う言葉をフラガはあえて口にしない。そんなことを言えば、目の前の二人はイヤミと受け止めかねないのだ。
「とりあえず、出来るだけあのお嬢ちゃんを坊主に接触させないように注意してくれ。さすがに、この状況じゃそこまで目が届かない可能性がある。それと……坊主とくだらない話でもしてやれ。俺の経験上、それだけでかなり気が楽になると思うぞ」
それができるのは君らだけだ、と言われて、二人はようやく愁眉を開く。
「わかりました」
「出来ることからすればいいんですよね」
「そう言うことだ」
笑い返すフラガに二人は礼を言って部屋を出て行く。
「……坊主、みんな心配しているって事をいい加減理解しろよ」
その後ろ姿を見送りながら、フラガは今この場にいない相手に向かって呟いた。
アンディ・バルトフェルドとキラが出会ってしまったという事実はフラガにとっても予想外の出来事だった。
そして、彼との出会いの中でキラの中に生まれた新たな疑問。
それの答えを問いかけられてもフラガにも答えられなかった。彼もそれを知らないのだから……