この手につかみたいもの
12
アークエンジェルが地球に降りてしまったことでできた休暇。それをアスランは複雑な気持ちで過ごしていた。
それでも、以前した約束を果たすためにラクスの元へと車を走らせていく。
「お忙しいのに申し訳ありません」
彼を出迎えてくれたラクスの周囲のは色とりどりのハロがはね回っている。自分が送ったものとは言え、その光景にはさすがのアスランも驚愕を隠せない。
しかも、彼女はOSに手を加えていたのか『鬼ごっこ』までする始末。
「で、今日のご用は何なのでしょうか」
そんなハロ達を見送ったラクスがお茶の用意をしながらこう問いかけてきた。
「……貴方が……キラの歌を聴きたいとおっしゃっていたので……3年前のものですがうちにデーターが残っていましたから」
持ってきたのだ、とアスランは付け加える。
「あらあら……本当に申し訳ありませんわ。お話し頂ければ私の方からお伺いいたしましたのに」
お手数をかけてしまいましたわね、とラクスは微笑む。
「いえ。私としても、キラの話が出来る方を知りませんので」
ナチュラルに味方をせざるを得ない状況に追い込まれたコーディネーター。
だが、他の者から見れば彼は裏切り者だ。アスランにしても、必要以外の人に彼のことを知られたくないと思ってしまう。
しかし、目の前の相手は自分の『婚約者』というだけではなく、短い間だとはいえ彼と共に過ごしたのだ。キラの人柄についても知っている。アスランにしてみれば、遠慮なくキラのことを話せる数少ない相手だと言っていい。
「……そうですわね。迂闊な方にキラ様のことを知られては後々困りますものね」
ラクスもその辺はわかったのだろう。微笑みながら頷いてみせる。
「それで、キラ様の歌とお持ち頂いたと言うことですけど……早速お聞かせ頂いてかまわないのでしょうか?」
にっこりと微笑むとラクスが問いかけてきた。
「パソコンを貸して頂ければ……」
そう言いながら、アスランは小さなデーターカードをポケットから取り出す。
「これにコピーをしてきましたので、よければお持ちください」
微笑み返しながらアスランが告げれば、ラクスは目を丸くした。
「よろしいのですか?」
「貴方ならば、キラも嫌だとは言いませんでしょう」
恥ずかしがるかもしれないが……とアスランは心の中で付け加える。それでも、ラクスにはキラを恋愛感情抜きでもっと好きになって欲しい。いつか彼をこの手に取り戻したときのために。味方は一人でも多い方がいいだろう。そして、彼女はキラの味方として申し分ない存在だ。
そんな打算を抱いている自分をアスランはひどい人間だと思ってしまう。彼女の好意を利用しようとしているのだから。
だが、それでもキラをこの手に取り戻したいのだ。
「それでは遠慮なく。そうですわね。一緒に聞いて頂きましょう。そうすれば、キラ様のお話をいろいろと出来ますものね」
少しお待ちください、と断るとラクスは腰を上げる。そして、そのまま家の中へと駆け戻っていった。
「こんな事をしていると知られたら、僕は君に嫌われるかもしれないね」
でも、もう敵対するのはいやなのだ……とアスランは付け加える。
嫌われようと、恨まれようと自分の側にいてくれるなら、それでいい。そう思うこともまた事実。だが、本心を言えば、あのころのように無条件で微笑みを向けて欲しい。あのころのように、お互いの存在を感じられれば幸せだと思って欲しい。
「……キラ……君は今何をしているんだ?」
彼がまだその身を戦場に置いていることは知っている。
だが、アスランはまだそれがキラ自身の選択だとは思いたくなかった。おそらく、何か他の要因が彼を縛り付けられているのだろうと。
「お待たせしました。これなら大丈夫ですわ」
そんなことを考えていたアスランの耳にラクスの声が届く。その後ろにはパソコンを抱えた使用人達の姿があった。どうやら、ラクスは最高の音質でキラの歌声を聞くために必要な機材をすべて持たせてきたらしい。
「いえ」
自分の内心を押し隠して、アスランは穏やかに微笑んでみせる。
「それはよろしかったですわ」
お客様をお一人にしてしまいましたし……といいながら、再びいすに腰を下ろす彼女の脇で使用人達がパソコンのセッティングを行っていた。そして、それが終わると同時に彼らは二人の前から辞していく。
それを確認してから、アスランはラクスに視線で問いかける。彼女が頷いたのを見て、パソコンを操作し始めた。
空の星の輝きが
すべての人に幸せを届けてくれますように
優しい想いが
世界中を包み込んでくれますように
大好きな貴方が
いつでも微笑んでいられますように
そんな世界を
僕にください
まだ幼さが残る声が優しい歌をつづっている。
このころは戦争なんてまだ遠いことだと思っていた。そして、自分たちが戦わなければならない状況に陥るなんてまったく 思っても見なかった。
「……本当にキラ様らしいお優しい歌ですわね」
ラクスが幸せそうな微笑みと共に言葉を口にする。
「えぇ……あいつの歌はいつでも優しさだけで出来ていましたから」
自分や側にいた者たちを幸せな気持ちにさせてくれたキラの歌。昔からキラはどちらかというとおとなしく控えめだったが、歌だけは違っていた。キラにとって、歌とはある意味言葉と同じだったのだ。その彼が歌えなくなってしまう状況とはどんなものなのか。
「……出来れば、今のキラ様のお声でお聞きしたいですわ……」
彼と会話を交わしたことがある彼女にしてみれば当然の願いなのかもしれない。アスランにしても、今のキラの歌を聴きたいと思うのだ。
「そうですね」
そのためには、やはりどんな手段を使ってもキラを手元に取り戻さなければならない。
キラの歌声を聞きながら、アスランは誓いを新たにしたのだった。