この手につかみたいもの

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  05  


「僕は……もう歌うことすらできなくなってしまった……」

 キラがデブリベルトで拾ってきた救助ポット。
 その中にいたのは、プラント最高評議会議長令嬢という、ある意味今のアークエンジェルでは爆弾と等しい存在だった。
 しかも、まさしく箱入りで育てられたらしい彼女は、自分が阻害されているとは気づいていない。自由に出歩いては、ブリッジクルーだけではなく軍人達の頭痛の原因となってくれていた。
「お嬢ちゃん……」
 展望室へキラが行ったらしい。しかも、また何やら落ち込んで……と聞いたフラガが様子を覗きに行こうとした途中で、彼女と出会ってしまった。こうなると、キラのことは後回しにしても彼女を部屋へ連れて行かなければならないだろう。ここ数日、民間人の中でさらにコーディネーターに対する偏見が強まっているのだ。何かあっては困る……という理由からである。
 もちろん、立場としてみればキラも彼女――ラクスと同じだ。
 それでもキラが肉体的には被害を受けていないのは、彼が『ストライク』のパイロットである、というただ一点にある。
 万が一、キラが負傷して戦えないとなれば、自分たちに待っているのは間違いなく死だけだろう。それは避けたい。その気持ちは理解できる。
 だからといって、キラの心が傷ついても同じ結果になるとは考えないらしい。
「……キラ様、泣いていらっしゃいましたわ」
 おとなしくフラガの脇を移動していたラクスが、ふっと思い出したというように呟く。
「ひょっとして、フラガさまはキラ様のご様子を見にいらっしゃったのではないですか? 私、お邪魔をしてしまったのでしょうか」
「いや。坊主は確かに気になるが……お嬢ちゃんの方が先決だ。お嬢ちゃんに何かあっても坊主は悲しむだろうしな」
 同じコーディネーターだからだろうか。
 キラは彼女の前では微笑むのだ、とミリアリアが呟いていたのを耳にした。おそらく、彼女がキラを差別しないからだろうとは思う。どうしても自分たちはキラが『コーディネーター』だと言う意識を捨てられないのだ。
「……キラ様は、お優しいから……」
 ラクスは呟く。その声がほんの少しだけ悲しみの色を帯びていたことにフラガは気づいていた。そして、見かけや言動とは違う彼女の洞察力に感嘆をする。ほんのわずかしか彼らとふれあっていないのに、キラの心の中に潜む『孤独感』に彼女は気づいたらしい。
 そこまで考えたときだった。フラガはキラのある言葉を思い出してしまった。
「お嬢ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
 おそらく、今を逃せば次はいつ機会がくるかわからない。
「何でしょう? 私にわかることでしょうか」
 疑うことを知らないらしい彼女は、小首をかしげつつもこう聞き返してくる。この調子でプラントの極秘情報について問いかけられたらどうするのだろうかとフラガは思う。しかし、それを実行に移す気はない。
「コーディネーターにとって、『歌』がどんな意味を持っているのか、知りたかっただけなんだが……」
 それよりも、あのセリフを口にしたときにキラの心情が知りたいとフラガは思う。苦しいのか、悲しいのか、辛いのか、そのすべてだったのかわからない表情。それは見ている者を同じような気持ちにさせた。
 バジルールなどは何を、と思ったらしい。
 しかし、キラが何の意味もなくそのような言葉を口にするとはフラガも、そして軍人達の中で彼と過ごすことが多いマードック達整備員も思っていなかった。おそらく、それは『コーディネーター』独特の感性なのかもしれないとも思う。
「歌、ですか?」
「あぁ。俺らが言うそれとは違う意味があるんじゃないかと思うんだが……」
 どうしてそんなことを聞くのかと視線で問いかけてくるラクスにフラガは説明を返す。
「そうですわね。私たちにとって歌は祈りです。皆様と違って、私どもには宗教はございませんから、その代わりに自分の思いを歌にするのですわ。私はたまたまそちらの才能を与えられましたので『歌姫』などと呼ばれておりますけど、他の方々の歌も思いが込められておりますから、決して見劣りなどしないと思います」
 柔らかな口調で、それでもきっぱりと言い切る彼女は、間違いなく『歌姫』と呼ばれるにふさわしい人物なのだろう。
 そうしているうちに、二人は目的の場所へとたどり着いた。
「……そう言えば、私、キラ様の歌をお聴きしておりませんわ。お願いしたら聞かせて頂けるのでしょうか」
「さぁな。まぁ、お嬢ちゃんなら可能性はあるかもしれないが」
 そう言いながら、フラガはラクスを彼女に与えられている部屋へと入らせながら言葉をかける。ただし、自分たちはどうだろう、とフラガは心の中で付け加えた。
「お嬢ちゃんがおとなしくしていてくれるというのなら、後で坊主を寄越す。その時にでも聞いてみな」
「わかりました。お手数をおかけして申し訳ありませんでしたわ、フラガ様」
 でも、この子が勝手に出て行ってしまうんですもの……とラクスは手にしていたピンクのハロを見て微笑む。
「でも、この子もキラ様のことが好きみたいですから、いらしてくださるとおっしゃるのでしたらおとなしくしていてくれるかもしれませんわね」
「……飯時に来させるよ」
 言葉と共にドアを閉めるとロックする。そのままフラガは壁に背を預けると大きくため息をついた。
「坊主から俺たちが奪ったのは、平穏な生活だけではなく祈りもってことか」
 祈りは希望。
 せめてそれだけはキラに返してやりたい。
 だが、どうすればいいのか、フラガにもわからなかった……

 フラガに言われたからではない。
 自分が持っていかなければ、ラクスに食事を運ぶ者がいなかったのだ。
 正確に言えばまったくいないわけではない。
 それをしてくれるであろうミリアリアも今はブリッジに詰めている。
 だから、自分が運ぶしかなかったのだ……とキラは心の中で呟く。
「あの……夕飯を持ってきたんだけど……」
 そう言いながら、キラは部屋のロックを外す。
 そして、ドアを開けた瞬間、いきなりピンクのハロに襲いかかられてしまった。慌てて体勢を整えなければ手にしていたお盆ごと夕食を台無しにしてしまっていただろう。
「あらあら……駄目でしょう、ピンクちゃん。キラ様、申し訳ありません。この子、キラ様がいらしてくださって嬉しいようなんですの」
 言葉と共にラクスが彼の側へと歩み寄ってくる。彼女がその身にまとっている雰囲気が、今のキラにほんの少しだけ安らぎをくれた。あるいは、それは彼女がアスランの婚約者という立場だからかもしれない。
 この艦内で、唯一『親友』の事を話してもかまわない相手。
 自分の本当の気持ちを偽らなくてもいい相手。
 もちろん、彼女自身が気に入ったからという理由もある。それは恋ではないだろう。だが、好意であることは間違いない。
「いえ。大丈夫でしたから」
 キラは自分がまだ微笑むことができるという事実にほっとしていた。
「それよりも、冷めないうちに食べた方が」
「お心遣い、ありがとうございます」
 テーブルに置かれたお盆を見て、彼女は律儀に礼の言葉を口にする。そして、ふわりと髪をなびかせながらその前に置かれたいすに腰を下ろした。
「キラ様。厚かましいとは思いますが、もう一つお願いをしてかまいませんでしょうか?」
 ラクスのその言葉にキラは小首をかしげる。
「何ですか?」
「……歌を、歌って頂けまして?」
 この言葉に、キラは悲しそうな表情を作った……



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最遊釈厄伝