この手につかみたいもの
04
キラが自分の元へ来られないのは、ナチュラルの友人達のせい。
いっそ、そいつらを全部殺してしまおうか……ともアスランは思ってしまった。だが、すぐにその考えを捨てる。
「そんなことをしたら、間違いなくキラが悲しむ……」
だけならまだいい。悲しみは時間が経てば薄れていくものだ。
それよりも厄介な感情は『憎しみ』だろう。
誰よりもそのことを実感しているのはアスラン自身だ。
『血のバレンタイン』
あの日、ナチュラルの攻撃で崩壊していったユニウス7。その中には彼の母がいた。おそらく、キラを除けば自分が大切だと思えたのは彼女だけ。その母を失った悲しみがやがて怒りに、怒りはナチュラル――と言うよりは連合軍だろう――に対する憎しみへと変わっていった。
その結果、キラと敵対しなければならなくなったのは皮肉としか言いようがない。それとも、自分の感情を誰かに非難されているのだろうか……とアスランは思う。
「誰よりも大切で、何に置いても守りたかったのに……」
自分が彼を討たなければいけない。
確かに、クルーゼにはキラが説得に応じてくれなければ自分が討つ……とは言った。だが、それが本心かと問われると『否』としか言いようがない。
本当は、どのような方法を使ってでもいいからキラを自分の手元に取り戻したのだ。そして、その願いは叶えられるかと思ったのだ、あの時は。
「イザークと連邦のMAの邪魔さえ入らなければ……」
キラを連れてヴェサリウスへ帰還することはできたはず。もっとも、その結果キラの心が傷つかなかったか……というとまた疑問ではある。だが、それでも今の状況よりもよかったのではないだろうか。少なくとも、側にいれば慰めてやることができたはずだ……と思う。
しかし、今はもう彼が操縦している機体すら見ることができない。
もうすぐプラントに着くだろう。
自分の報告を耳にした父を始めとする最高評議会のメンバーがいったいどのような判断を下すか。それすらもわからない。
「隊長は、あぁ、おっしゃってくださったが……」
本当に信じていいのだろうか。
それでも、淡い期待を抱かずにはいられない。
キラをいつか取り戻すことができると言うことを。そして、それだけが今のアスランの希望だったと言っていい。
「……キラ……」
小さく呟くアスランの脳裏に、あの時のキラの表情が浮かんでは消えていった。
査問委員会の席で、キラがストライクのパイロットだという事実は告げられることがなかった。
アスランの父であるパトリックが、その事実を伏せるようにと告げたためである。
その真意は息子であるアスランにもわからない。
ただ、まだキラを救うための手だてがあるという可能性が残された……と言うだけのことだ、とアスランは思う。
そのための方法は、まだ彼の目には見えなかったが……
「……そうか……彼は、あの時の子供か……」
数日の休日を与えられ、クルーゼもまた自宅へと戻っていた。
その彼が見つめていたのは、アスランから預かった『キラ・ヤマト』に関するデーターだった。
モニターの中に映し出された菫色の少年の顔。
どこか見覚えがあると記憶の中を探っていたクルーゼがため息と共に言葉を口にする。
あれは、まだ自分が月にいた頃だったろうか。
ただ一人を除いて誰からも恐れられていた自分に声をかけてくれた少年。
実際に顔を合わせたのはその時一度きりだったが、忘れたことなどなかった。
「さて、どうするか」
彼がいったい何故、ナチュラルと行動を共にしているのかはアスランから聞いた事柄しかわからない。だが、再三の勧誘を断る以上、それなりの理由があるのだろう。
「……あちらにはアイツがいたな……しばらくは預けておいても大丈夫……だろうな」
ふと脳裏に浮かんだのは別の顔。
おそらく『クルーゼ』のことを自分自身よりもよくわかっているのではないか、と思われるあの男であれば、少年のこと見捨てることはあるまい。
ならば、アスランが心配しているように彼が壊れるまでに時間はあるのではないか。
「問題があるとすれば、イザーク達か」
あの三人が彼の機体を撃墜する可能性がある。だが、彼があの『少年』ならば、その可能性は限りなくゼロに近いだろう。
「……貴殿の思い通りにはさせぬよ、パトリック・ザラ」
自分自身も、そして、彼らも……
憎々しげにクルーゼが呟いたときだった。彼の耳に通信が届いたことを知らせる電子音が届く。
「どうやら……ゆっくりと休ませてはもらえぬようだ」
ため息と共に立ち上がると、クルーゼは通話を開始した。