この手につかみたいもの
03
華奢な肢体。
印象的な菫色の瞳。
それ以上にフラガの視線を釘付けにしたのは、まるで白く透き通るようなその雰囲気だった。
幼い頃に見た聖堂の天使のようなイメージというのが一番近いだろうか。
その周囲にある戦争の道具がこれほどまでに似合わない相手が何者なのか。それがフラガの興味を引いた。
次に彼の興味を引いたのは、その卓越した戦闘能力だった。
技能と精神のアンバランスさ。
その危うさが『キラ・ヤマト』という存在を自分の意識の中から閉め出せない理由なのだろうか、とフラガは思う。
「……坊主はきれいすぎるんだよな……」
血でその身を汚されても……いや、それだからこそ余計にキラという存在の美しさが引き立つと言うべきか。
しかし、それはとてもまずいことだと言うことをフラガは知っている。
彼とよく似た存在がやはり同じような立場に置かれた挙句、その精神が壊れてしまったことをフラガは覚えていた。
そして、今の艦内でキラは微妙な立場にある。
ナチュラルの中でただ一人のコーディネーター。
そんな彼が、唯一自分たちを守れる存在だという矛盾。
しかも、キラをそんな立場に追い込んだのは間違いなく自分だ。
「さて、どうするか」
なお悪いことに、アルテミスで自分たちが軟禁されている間にキラに何かあったらしい。その原因を作ったのは、キラの友人の一人だという。それがまたキラを追いつめる理由になっているのだろうか……とフラガが考えたときだった。
「うわっ!」
通路に放り出すように伸ばされていた彼の足に気がついたらしい誰かが、バランスを崩してしまった。そのまま宙で体を回転させると壁へとぶつかりそうになる。手を伸ばして止めれてやれば、それが自分が今思い描いていた相手だとフラガにはわかった。
「大尉、すみません!」
キラが慌てたように謝罪の言葉を口にする。
「い〜や、気にしなくていい。こんなところでぼけっとしていた俺の方が悪いんだからな」
言葉を口にしながらフラガは立ち上がりながらキラの体勢を整えてやった。
その瞬間、彼はキラの頬に残った涙の跡に気がついてしまう。
どうやら、今目の前にいる子供は何かで傷つけられてしまったらしい。それが何なのか問いかけてもきっと彼は答えないだろう。自分の中にすべて閉じこめてしまうのだ、この少年は。
ならば、自分から口にするまで知らぬふりをしてやった方がいいのだろうか、とフラガは心の中で呟く。
「で? そんなに急いでどこに行く気だ?」
お兄さんとちょっとお話ししていかないか? と付け加えたときだった。二人の耳にキラを捜しているらしい友人達の声が届く。その瞬間、フラガの腕の中にあるキラの体がこわばったのがわかった。
どうやら、彼らの顔を今は見たくないらしい。
「……坊主、内緒にしておけよ」
小さなため息と共に、フラガはキラを艦内点検用のスペースへと押し込む。そして、自分はその前に陣取った。
それとほぼ同時に、サイとカズイの姿がフラガの視界に入ってくる。
「大尉、キラ、見ませんでしたか?」
彼らもフラガの姿を見つけたのだろう。こう言いながら近寄ってきた。
「いや。どうかしたのか?」
表情を変えることなくこう言い返せば、二人はフラガの視線を避けるように目を伏せる。
「……ちょっと……キラの地雷を踏んじゃったみたいで……」
「気を遣っていたつもりだったんですけど」
つい……と付け加えたところを見ると、どうやら今回の失敗はカズイではなくサイの方らしい。
「……何を言ったんだ?」
「……キラって……まるでMSのパイロットになるために生まれてきたみたいだって……」
本人はほめたつもりだったらしい。だが、フラガはキラにとってそれは一番口にして欲しくなかったセリフだと言うことを知っていた。
「確かに……それは坊主にとって最大の地雷だったな」
ため息と共にこう告げれば、二人は困ったように視線をさまよわせる。
「まぁいい。坊主を見かけたらフォローしといてやる」
こっちにはいないから、他の場所を探すんだな……と付け加えれば、彼らは納得したのだろう。フラガに頭を下げるとここを離れていく。
その気配が完全に消えたところで、フラガは点検用スペースを開けた。同時に、彼の目にはその中で小さく体を縮こまらせているキラの姿が飛び込んでくる。
「……坊主……嫌がるお前を戦争に引っ張り出したのは俺だ……俺を恨んで楽になれるって言うなら、いくらでも恨んでくれていいぞ」
そう言いながら、フラガは予想以上に細い体を引き寄せた。そして、自分の腕で包んでやる。
「だから、そんなに辛そうな表情をするな」
フラガがこう口にした瞬間、キラは彼の腕の中で堰を切ったように泣きだした。