この手につかみたいもの

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  02  



『……アスラン?』
 懐かしい、誰よりも会いたかった、何よりも聞きたかった声が、驚きを隠せないと伝えてきた。それはある意味、アスランにとって一番辛い現実でもある。彼の瞳の中に、驚きだけではなく非難の光も見え隠れしていたような気がしたのだ。
 どうしてあそこにキラがいたのか、とアスランは思う。。
 いや、ヘリオポリス自体にいたことは不思議ではない。
 キラは第一世代のコーディネーター。彼の両親はナチュラルだ。
 まだ成人とは認められない彼が一人でプラントに移住できるわけはない。だからといって、連邦の勢力下で生活できるわけもなく……そんな彼らが住める場所は中立国であるオーブしかないだろう、とアスランは自分を納得させる。
 そして、おそらく自分たちが急襲したことで、あの場所まで逃げてきたのだ、キラは……
 あのまま、キラを保護して戻れればよかったのだ。
 誰もいなければ、それはアスランにとってたやすいことだった。
 しかし、あの場所には連邦の軍人らしき女がいた。
 彼女がキラをコーディネーターだと認識していたわけではないだろう。ただ単純に民間人を守るためにコクピットへと連れ込んだ。その理由もわからなくはない。自分が彼女の立場であれば同じ行動をしただろうとアスランは思うからだ。これがイザークやディアッカなら他の判断をするのだろうが、自分には『民間人』を見捨てることができない、とアスランは付け加える。
 ただ、自分にとって重大な問題だったのはそれが『キラ』だ……と言うことだけだ。
「……そして、キラはあれに触れてしまった……あれを……動かしてしまった……」
 キラの能力であれば、それは十分に可能だと言うことをアスランはよく知っている。おそらく、OSすらも書き換えていることだろう。
 それは送られてきた映像からでもしっかりと分かってしまった。一瞬であの機体の動きが劇的に変わってしまったのだ。
 アスラン達ではザフト製のそれがあって初めて可能な書き換えも、キラにとっては何と言うことではないはず。いや、むしろそんな制限がないからこそ最高のものを作り上げることができるのだ、彼は。その事実をこれほどまでに恨めしいとアスランが思ったのは今日は初めてだった。
 まるで、触れられた機械がどんな風に使われたいのかを理解できるかのようにキラは最高のポテンシャルを引き出せるOSをその指で生み出していく。
 そして、それを使う技術もかなりのものだろう。
「だから、利用される……ナチュラルに」
 そんなことになったら、キラはどうなるか。
 アスランがザフトにいると言うことは察しているだろう。
 そして、キラが最後に残った機体で出てくるというのであれば、間違いなく自分たちは戦うはめになる。
「……そして、キラの心は……」
 間違いなく壊れてしまうだろうという予感がアスランにはあった。
「そんなこと、認められるか!」
 何よりも大切にしたい相手。
 自分が唯一自分自身の意思で側にいて欲しいと願ったのは彼だけだ。そして、その笑顔を必ず守ってやるとも誓った。
 心ならずも引き裂かれてしまったが、彼を忘れたわけではない。自分がもてるだけのネットワークを使って彼の存在を探し続けていたのもまた事実。
 しかし、誰かが何かの目的で、キラの存在を隠そうとしていたのもまた事実だった。
 まるで何かから逃れるかのように、キラのIDデーターは、月を出発した後消去されていた。そして、先ほどようやく調べあげた彼のそれは、自分の記憶にあるものとまったく異なったものだった。
 まるで、自分が知っていた『キラ・ヤマト』と先ほど目撃した彼が別人であるかのように。
 だが、彼は間違いなく自分の知っているキラだ。
 だから取り戻す、とアスランは心の中で呟く。
 キラが自分を助けてくれたように、今度は自分が彼を助け出すのだとアスランは続ける。
「……キラ……」
 愛しげに名前を呟けば、今でも胸の中に暖かいものが広がっていく。
「お前だけを愛しているよ」
 だから、早く自分の元へと戻ってこい。アスランは虚空をにらみつつこう呟いた。

 しかし、その願いは叶えられなかった……
 キラの性格を考えれば、分かり切ったことかもしれない。
 一度懐に入れてしまったものを見捨てられないのだ、キラは。
 それでも、まだあきらめきれない自分がいることをアスランは認識していた……


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最遊釈厄伝