フラガの姿を見た瞬間、キラは思わずため息をついてしまった。
「どうした、キラ。疲れたのか?」
 優しい声が頭の上から振ってくる。同時に、彼が隣に腰を下ろす。
「そういうわけじゃないんです」
 さりげなく彼の肩に頭を寄せながらキラは言葉を口にし始める。そうすれば、フラガは笑いながらキラの頭を引き寄せてくれた。
「ただ……たくさんの人が側にいたから……なかなかムウさんと二人だけになれなかったし……」
 それが少し寂しかった……とキラは呟くように口にする。
「確かにな」
 キラの言葉にフラガもしっかりと頷いた。
「仕方がなかったとはいえ、いつも誰かが側にいたからな」
 いくら公認の仲だったとはいえ、さすがにな……と彼は笑いながら、キラの体をさらに引き寄せる。そして、そのまま自分の膝の上に抱え上げた。
「あの三人のケアもしてならなければならなかったし……」
「……それはいいんです……」
 彼等の面倒を見ることぐらいしか、自分はできなかったし……と言えばフラガがそっとキラの頭をなでてくれる。
「俺も、そんなお前に甘えていたしな」
 まぁ、これからは自分があれこれ指示を出さなければならない事態にはならないだろう。フラガが苦笑と共にこう告げる。
「……ムウさん……」
「ある意味、よかったのかもな。俺たちが負けて」
 もう、あいつらを戦場に出さなくてすむのではないか。フラガがため息と共に言葉をはき出す。
「だと、いいですね」
 それが彼等にとってどのような影響をもたらすのだろうかはわからない。だが、アークエンジェルの乗組員達であれば、彼等を邪険にはしないだろう。
「でも……」
「今は、何も考えなくていい。少なくとも、しばらくこの艦から降りることはなさそうだ」
 検査等に付き合わされるが、全てアークエンジェル内で行われるそうだ……と彼は言った。と言うことは、今までその打ち合わせをしていた……と言うことなのか。
「なら、スティング達は実験材料にされることはないのですね?」
 彼等の存在がコーディネイターにとって驚異となり得るだろう、とは思う。
 だから、最悪、あそこで自分たちがされたようなことをされるのではないか、とキラは考えていたのだ。
「お姫様達ががんばってくれたみたいだしな」
 それでも、同じような連中はまだいるのだ。その連中が実戦に投入されたらどうなるか……それはわからないが。
 フラガのその言葉はもっともなものだ。
「……あの子達が幸せでいてくれればいいのですけど……」
 もう、戦いを強要されないというのであれば……とキラは付け加えた。
「その前に……俺を幸せにしてくれる気はないか?」
「ムウさん?」
 何を……と思いながら、キラは彼を見上げる。それを待っていたかのように、フラガの唇が降りてきた。
「……んっ……」
 重なった唇から、フラガのぬくもりが伝わってくる。それにキラはそっと目を閉じた。

「……そうかね……」
 レイからの報告を耳にして、デュランダルは小さく頷いてみせる。
「彼は、そう言ったのか」
 自分たちが持っていた《ラウ・ル・クルーゼ》の印象とはずいぶん違う。だが、それもクルーゼが彼にだけ見せた一面なのかもしれない。
「ラウは……彼に執着に近い感情を抱いていたからね」
 だから《自分》という存在をキラの中に焼き付けようとしていたのではないか。そんなことも考えてしまう。
「すまなかったね、レイ」
『いえ……俺も、あの人と話せてよかったです』
 本当は自分で問いかけたかったのだ。
 だが、どうやら当分その時間が取れそうにない。だから、まずはレイにと考えたのは事実。しかし、それが彼にとって辛い結果にならなくてよかったと思う。
「そうか」
 いったい、どのような会話を交わしたのだろうか。それは気になるが、レイが自分から口にしない以上聞かないでおこう、と思う。
『それよりも、ギル』
「何かね?」
『……あの人達は、これからどうなるのですか?』
 処罰されるのか……とレイが不安そうに問いかけてくる。
「そのつもりはないよ。まぁ、フラガ氏に関しては、指揮官としてそれなりの事をしてもらわなければならないが……彼等も、ある意味被害者だからね」
 だから、せいぜい監視付で日常生活を送ってもらう程度だろう、とデュランダルは口にした。
「オーブからブルーコスモスの影が完全に消えた後ならば、彼の国で生活をしてもらってもかまわないだろうね」
 というよりもそのつもりだ……というのが正しい。
 カガリもそうしたいと言っていることだし……と心の中で呟く。
『そうですか』
 ほっとしたようにレイは頷いて見せた。
『それと……不確実な情報だ、という前置きでキラさんが教えてくださったことがあります』
 だが、すぐに表情を変えて新たな言葉を口にし始める。
「何かな?」
 かまわないから報告をしてごらん……とデュランダルは口にした。
『……ブルーコスモス内部で、クローンの研究が今でも続けられているそうです』
 この言葉に『愚かなことを』と心の中で呟く。また、レイやクルーゼのように悲しい存在を生み出すつもりなのか、と思ったのだ。
 しかし、レイの次の言葉はデュランダルの予想を超えていた。
『キラさんの遺伝子情報から……テロメアの問題を解消するヒントが見つかったとか……』
 データーがあるらしい、とキラが告げていた、とレイは付け加える。
「そう、かね……」
 キラの出生が特別だということはデュランダルも知っていた。しかし、そのような利用法もあったとは思わなかった、というのが本音だ。
「なら、ますます彼を地球軍に渡すわけにはいかないな」
 正確に言えば、ブルーコスモスの手に、だろう。
「君達にがんばってもらわないとね」
『はい』
 デュランダルの言葉に、レイはしっかりと頷いて見せた。