彼等の日常は、検査とカウンセリングだったと言っていい。
 その合間に、ラクス達が顔を出す。そして、たわいのない会話を交わしていた。
 だが、それだからこそ苦しい……とキラは思う。
 あの時もそうだったが、今も誰も自分がした事を責めない。
 それが、自分にとっては辛いのだ、と彼等は考えてもいないだろう。そう思って、キラは小さなため息をつく。
 何よりも、彼等は今、世界がどうなっているのかに関しては、まったく何も教えてくれないのだ。
 フラガ達の方はそれに関してあれこれ言われているらしいことは会話の端々から推測できるのに、だ。
 それはどうしてなのだろう。
 確かに、あちらにいたときも自分は直接、戦闘には関わっていなかった。だから、聞かれても答えられないことも多いだろうと言うことはわかっている。
 だが、あの三人が乗っていた機体のOSを作ったのは、間違いなく自分なのだ。そして、新たな機体のOSも手がけていた。だから、聞かれることは多いと思うのに……とそう考える。
「……僕は、やっぱり……」
 みんなに許されていないのかな……とキラは小さな声で呟く。
「そんなことはないと思うがね」
 その時だ。不意に頭の上から声が振ってくる。しかし、それはこの場で聞くとは思っても見なかった声だ。
 まさか……と思いながらキラは振り向く。
「……デュランダル、議長……」
 どうして、彼がここに……とキラは思う。
「失礼するよ」
 呆然としているキラの隣に、彼はこう言って腰を下ろした。
「あぁ。そんなに緊張しないでくれたまえ」
 そして、微笑みかけてくる。
「……あの……」
 だが、その表情がますますキラを混乱に陥れてくれた。自分は彼等にとって《敵》の立場にあったのだ。しかも、フラガ達と違って、自分は《コーディネイター》なのに、と思う。
「個人的に、君と話をしたくてね」
 しかし、そんなキラの内心を気づいているはずなのに、彼は悪までもにこやかな表情を崩さない。
「……個人的に、ですか?」
 いったい何を……と本気で思う。
 彼は、プラントの代表者なのに、とそう考えてしまう。そんな人物が、ただの捕虜である自分といったい何を……と思うのだ。
「そう。個人的にね」
 こう言って、さらに彼は笑みを深める。
「三年前から……いや、もっと前から、君と話をしてみたかったのだよ」
 こう付け加えられた言葉に、キラは反射的に体をこわばらせた。
 と言うことは、彼もまた自分がどのような存在なのかを知っているのだろう。それだから話をしたかったのか、とキラは思う。それならば納得できる、とも。
「あぁ、そんな表情をしないでくれないかな。私が君という人間に興味を持っているのは《最高のコーディネイター》だからではない。尊敬していた方の血を受け継いでいる存在だからだよ」
 カガリには既にあったからね……と彼はさらに笑みを深める。その言葉に、キラはどうしていいのかわからないまま彼を見つめていた。

 自分の言葉にキラは予想外の反応を見せた。
 それが、クルーゼが彼に投げつけた言葉のせいなのだろう……と言うことは簡単に推測できるな……とデュランダルは心の中で呟く。
 それならば、彼は自分の願いを少なくとも一つは叶えられた……と言うことなのだろう。もっとも、それはキラにとってはよいことではなかったようだが。
「私が知っているのは、君の実の母君が、君達が生まれる日を楽しみにしていたと言うこと。そして、君の存在が、コーディネイターの未来によい結果を及ぼしてくれると信じていたことだけだよ」
 実際、キラの遺伝子情報を使ってレイの問題を解決できるかもしれない……という道筋だけは見えてきた。
 これに地球軍――ブルーコスモスが持っているであろうデーターを入手できれば、彼は普通にとは言わなくてもそれなりの時間をこれからも過ごすことができるだろう。
「でも、僕は……」
 戦うためだけの存在だった……とキラは呟く。
「本当に、そうかね?」
 少なくとも《ムウ・ラ・フラガ》はそう考えていないだろう。
 そして《アスラン・ザラ》をはじめとした彼の友人達もだ。
「それに、君のその力があったからこそ、彼を止められたのではないかね?」
「……彼、ですか?」
 いったい誰のことか、とキラは小首をかしげる。
「あぁ……その礼も言っておかなければいけなかったね」
 そんな彼に向かって優しい笑みを向けた。
「ラウを止めてくれてありがとう。あの悲しい男の狂気を……私は止めることができなかったからね」
 あの時ほど、自分の無力さを痛感したときはなかった……とデュランダルは付け加える。
 自分が、彼等を救うことができていれば、きっとあのような事態にはならなかったのではないか。そう思うのだ。
「……でも、僕はあの人を救えませんでした」
 もっと力があれば、あるいは……とキラは呟く。
「ラウの最大の望みを知っているかね?」
 目の前の少年の悲しげな瞳を見ていたくはない。
 そう思っているからこそ、ラクスをはじめとした者達はあれだけ尽力したのだろう。
 確かに、彼は誰かが支えてやらなければ、どこかに消えてしまいそうだ。
 今あっただけの自分ですらそう思うのだ。
 あの戦いのおりに側にいた者達はよけいにだろう。そして、それ以前のキラを知っていたフラガが彼を閉じこめるようにしていた気持ちも理解できる。同時に、アスランの執着もだ。
「彼は、誰かに自分を止めて欲しかったのだよ。そして、自分のことを忘れずにいて欲しい。そう言っていたのを聞いたことがあるからね」
 しかし、自分たちはその対象にならなかったのだ。
 彼の心の中にあったのは、最初からただ一人の存在だったから。
 もっとも、それを目の前の少年に伝えるつもりはない。そうすれば、彼はさらに重荷を背負わされた……と感じてしまうのではないか、と思うからだ。
「僕は……」
「彼を覚えていてくれるだけでいい。それだけで、あの男の魂は安らぎを得るだろうからね」
 もっとも、そのようなものが存在するとしての話だが……とデュランダルは呟く。そんな彼に、キラはただ困ったという表情を作っていた。