あの日から、カナードのふれ方が微妙に変わってきたような気がする。
 それが、自分の告白のせいだ……と言うのは確認しなくてもキラにはわかっていた。しかも、自分はそれに拒絶の言葉を告げていないのだ。
 それをカナードがどう思っているのかも、確認しなくてもわかる。
「……キスの回数も増えたし……」
 こう呟きながら、キラはそっと指先で自分の唇に触れた。そこからは、自分の体温以外、伝わってこない。しかし、別の感触が残っているような気がしてならないのだ。
「流されるのだけは、ダメなのに……」
 フレイの時には、それで失敗をしてしまった。だから、と思う。
 それでも、彼女の時とカナードでは違うと言うこともわかっている。
 彼は自分を利用しようとしているわけではない。彼が自分を『好きだ』と言ってくれる言葉は間違いなく本心からのものだろう。
「……どうして、僕は……」
 また誰かを《特別》にしようとしているのか。
 それが悪いわけではない。キラだってそのくらいはわかっている。
 でも、と考えてしまうのだ。
 もし、彼を失ってしまったら、その時自分はどうなるのだろうか。それが恐い。
 カナードは『絶対に死なない』と言ってくれた。しかし、この世界に《絶対》という言葉がないことをキラは一番よく知っている。あの人も、そういってくれていたのに、結局は帰ってこなかったのだ。
 カナードが強いことを、キラは知っている。それでも、万が一という可能性を否定できない。
「バルトフェルド隊長やマリューさんほど、僕は強くないから……」
 そうなったときに冷静でいられる自信は全くないのだ。
 そうなってしまうのが恐い。
 自分一人のことであればまだ思い切れたかもしれない。しかし今まで以上に、誰かに迷惑をかけてしまうかもしれない、という恐怖がキラを押しとどめてしまう。
「思い出になんて、できないから」
 だから、とそうも付け加えてしまう。
「今のままじゃ、ダメなのかな?」
 この距離のまま付き合っていくのではダメなのだろうか。
 もちろん、それが自分勝手な考えだと言うことはわかっている。それでも、今の状況が自分には心地よいのだ。
 しかし、カナードはそうではないと言うこともわかっている。
「どう、すればいいのかな……」
 一番簡単なのは、彼を受け入れることだろう。でも、どうしても万が一の状況を打ち消すことができないのだ。
「僕は……」
 それとも、一線を越えてしまえばいいのか。
 あの時だって、まずは温もりを分け合うことから始まったようなものだし。
 しかし、それが彼を傷つけてしまう結果になってしまうかもしれない。
 結局は、堂々巡りではないか。
「僕は、どうしたらいいのかな……」
 言葉とともにため息をはき出す。
「相談もできないし」
 こんなことを言われても相手も困るだろう。それに、間違いなくカナードに知られてしまう。
 でも、とキラは心の中で呟く。
 その方がいいのかもしれない。そうすれば、きっと彼の方が行動を起こしてくれるだろう。
「僕は、卑怯だ……」
 自分から手を伸ばせないのに、彼からは伸ばして欲しい。そんな風に考えているなんて、とキラは付け加える。
「自分の気持ちも伝えられないのに」
 そしてまたため息をついたときだ。
「誰に何を伝えるんだ?」
 背後からカナードの声が聞こえてくる。つい先ほどまでは誰もいなかったはずなのに、と思いながらキラは振り向く。いったい、どこから聞かれていたのだろうか、とも、だ。
「……カナード」
 キラは思わず呆然と彼の顔を見つめてしまう。
「言っておくが、お前が俺をどう思っていたかなんて、とっくに気付いていたぞ、俺は」
 後は、お前自身が自覚をするのを待つだけだったのだ……ととんでもないセリフを彼は口にしてくれた。その事実に、キラはますます呆然としてしまう。それとも、いっそ気でも失えればいいのかもしれない。そんなことまで考えてしまう。
 まさか、自分でも隠しておきたかったそれを気付かれていたなんて。
 その事実にどう反応をしていいのかわからない。
「お前が自覚をするまでに、こんなに時間がかかるとは思っても見なかったがな」
 小さな笑いとともに彼はキラに近づいてくる。そして、そのままキラの腕を掴んで立ち上がらせた。
「カナード……」
 そんなことを言われても困る。それがキラの本音だった。
「お前が自覚していないのに行動を起こすのはかわいそうだ、と思っていたんだが……先に手を出してもよかったのか」
 だから、どうしてそういう結論になるのか。是非とも教えて欲しい。そう考えたが、すぐにそれを否定する。そのせいでやぶ蛇になっては本末転倒ではないかそう考えたのだ。
「本当は食事に引っ張り出そうかとも思っていたんだけどな」
 だが、どちらにしても結果は同じ事らしい。
「俺は死なない。お前をおいてもあの世に行く予定もないとあれほど言ったのに、結局信じていなかったんだな」
「カナード……」
「と言うわけで、おしおきがてら自覚してもらうか」
 だから、どうしてそういう結論になるのか。
 そう問いかけようとするよりも早く、キラの唇はカナードのそれにふさがれてしまった。