小さな約束

BACK | NEXT | TOP

  149  



 オーブへと向かう船の中でその情報が開示された。
「……人工子宮か……」
 初めて聞かされたのか。タッドがため息混じりにそう告げる。
「ナチュラルが、既に実用化寸前まで開発を進めていたとはね」
 こう言ってきたのはユーリだ。
「もっと早くにその情報を入手できていたら、状況は変わっていたのかしら?」
「どうだろうな」
 レノアの言葉にシーゲルはそう言い返す。
「ブルーコスモスの構成員に先に情報を入手されていたら、最悪の結果になっていたかもしれん」
 データーだけ奪われて、自分達の手には入らなかった可能性がある。言外にそう続ければ、誰もがそれ以上の言葉を口にしない。
「重要なのは、次世代に我々の未来を託すことは出来る。その事実ではないか?」
 パトリックもそう言ってくる。
「そうね。それが重要だわ」
 これで婚姻統制が少しは緩和できればいいのだけれど、とアイリーンが呟く。まだ未婚の彼女にしてみれば、それは切実な問題なのかもしれない。
「それで、あちらの希望はなんなのだ?」
 パトリックがそう問いかけてくる。
「とりあえずはデーター保有者の情報の秘匿と平穏な生活だそうだ」
 シーゲルは即座にそう言い返す。
「……どういうことだ?」
「彼らはあのメンデルの生き残りだそうだよ」
 そうつければ、誰もが微妙な表情になった。
 あの日、メンデルがどのような状況だったのか。自分達は推測するしか出来ない。しかし、彼らが平穏な暮らしを望む気持ちは十分理解できるのではないか。
「では、我々はその人物と会うことは出来ないと?」
「……研究所の関係者には既に会っているがね」
 君たちも、とシーゲルは続ける。
「誰なのか、聞いてもかまわないか?」
 タッドが即座に問いかけてくる。
「ギルバート・デュランダル君だよ。ユーレン夫妻に師事していたらしい」
「そうか」
 パトリックはそれだけで何かを察したらしい。小さく頷いている。
「必要なのはデーターであって、その持ち主ではない。そういうことだな」
 そして、彼はこう続けた。
「それでいいの?」
「本人が研究にかかわらないのであればかまわないのではないか」
 そんな会話が聞こえてくる。
 とりあえず、彼らがプラントで普通に暮らせる下地は作れたのではないか。後は本人達の判断次第だろう。
「……予想以上に重要人物だったという訳か」
 それを横目にパトリックがこうささやいてくる。
「本人も知らなかったそうだよ。どこから連中にばれるかわからないと言う理由でね」
 評議会やザフトの中枢にブルーコスモスの構成員が食い込んでいたのを思い出したのだろう。パトリックは納得したというように頷いている。
「本人がとてもいい子だ。何よりも、あれの暴走を止められる人間が他にいない」
 この言葉にパトリックも苦笑を浮かべる。
「うちの愚息には似合いだろうな」
 そして、彼はこう言った。
「そんなことをゆっくちを考えられるようになったのも戦争が終わったからだろうが」
「確かに。そのためにも、今回の条約の締結は成功させなければいけないな」
 シーゲルはそう呟く。
「大丈夫だろう。ウズミ殿もサハクもこちらの味方だ」
「あの子が幸せである限りかもしれないが」
 特にサハクの双子は、だ。
「プラントの未来がよいものになれば、子供達は幸せを見つけることが出来るだろう」
「そうかもしれんな」
 そうあって欲しい、とシーゲルは呟いていた。

BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝