小さな約束
142
ウズミはそれからすぐ戻っていった。代わりに、キラ達の手には一冊の手書きの日記帳が残されている。それは、自分達の実の母が残してくれたものだそうだ。
「カガリがきょうだいだって言われて、嬉しくないわけじゃないんだけど……」
でも、とキラはため息をつく。
「今まで、そんな存在がいると考えたことはないし……カガリは友だちだって思ってたからいきなりきょうだいとしてみられないよ」
「それは私も同じだ」
カガリもそう言って頷く。
「しかも、お父様の口調から判断して、それだけじゃないようだしな」
この日記には何かある、と彼女は断言する。
「それがギルさん達が僕に隠そうとしていた秘密なのかな」
キラがそう呟いた時だ。脇で大きな音がする。
「どうしたの、レイ」
視線を向けた先では珍しいとしか言いようがない光景が広がっていた。
お茶を淹れようとしてカップを落としたのだろう。
それくらいならばいつものことだろう。しかし、問題なのはカップに注がれるべきお茶がそのままテーブルに広がっていると言うことだ。
「お茶、こぼれているよ」
とりあえず、そう指摘してみる。
「あ、あぁっ! すみません」
ようやく現在の状況に気づいたのだろう。レイはそう言うとポットをテーブルのぬれていない場所に置いた。そしてふきんを取り上げるとお茶を拭き取り始める。
「何をそんなに焦っているんだ?」
カガリが不思議そうに問いかけの言葉を口にした。
「……焦ってなんて……」
「レイ? そんなミスをしていて『焦ってない』って言われても信じられないよ」
キラがそう突っ込めば、彼はため息を一つつく。
「焦ってはいません。驚いただけです」
そして、呟くようにこう告げる。
「まさか、キラさんに気づかれていたとは思わなかったので」
さらに彼はこう続けた。
「気づいたというか……うちの家族、どこかおかしいから。小さな頃は気づかなかったけど、学校に通うようになったら気づくよ」
どうしてうちには父親も母親もいないのだろうか。
それなのに、なんで弟が出来たのだろう。
何よりも、だ。
「どうして、僕の性別を誰にも教えちゃだめなのかな、とか、考え出したらいろいろ出てくるし」
「……だよな」
カガリもそう言って頷いている。
「それにしても何も言わなかったんだな、お前」
「聞かない方がいいかなって思ってたから……」
あの頃にはもう、コーディネイターとナチュラルの関係はあまりよくなかった。
何よりも、ブルーコスモスのテロはすでに頻発していたはずだ。それに巻き込まれたのではないかぐらいは考えていた。
「レイとラウさんは似てるけど、僕は似てないし……」
これは以前から気になっていたことだ。
「……アスランにもそれでちくちく言われたことあるし……」
小さな声でそう付け加える。
「……また、あいつですか」
「やっぱり、本気で話し合いをしないとだめだな」
微妙に二人の声音が怖いと思うのはどうしてなのだろうか。
「ともかく、ラウさんかギルさんに話を聞くまでは判断を保留したいかな」
これを読むのもやめておく、とキラは日記を見つめる。
「それがいいかもしれないな」
カガリも同意をしてくれた。
「お前の家族のことだろう。本人達の口から聞きたいと思って当然だ」
自分だってウズミの口から聞いていなければどうなっていたか。彼女はそう続ける。
「……ギルに連絡しておきます。多分、ラウにも伝わるでしょう」
レイが新たなお茶を淹れながら言葉を口にした。
「ただ、俺たちがキラさんを大切に思っていることだけは疑わないでくださいね」
彼はさらにそう続ける。
「うん、わかってる」
それにキラはこう言い返した。