小さな約束
86
部屋の中には三人だけになった。
「それで? 聞きたい話とは何だ?」
カナードはすぐに問いかける。
「それは口実だよ」
即座にラウが言い返して来た。
「せっかくだからね。キラと君とゆっくり話がしたかっただけだよ。レイが気にしていたしね」
キラが元気かどうかを、と彼は微笑む。
「レイ、怒ってました?」
その言葉に、キラがおそるおそる問いかけた。
「怒ってはいたが……君にではないね」
苦笑とともにラウは言い返す。
「あの子がまだ軍人ではなくてよかったよ」
さらに彼はこう付け加える。
「でなければ、命令違反で処分されていただろうね」
彼の言葉にカナードは苦笑を浮かべた。
「あいつならやりかねない」
レイの方がキラの保護者みたいだならな、と彼は続ける。
「……僕の方が年上なのに……」
何で、とキラが口にした。その気持ちがわからなくもない。だが、本質的にどうかと言われれば、それが正解なのだ。そのためにレイがいると言っても過言ではない。
「あきらめなさい。君は集中すると周囲が見えなくなるからね」
食事を食べることも忘れてレイに注意されるようでは、そう言われても仕方がない。ラウが笑いながらそう告げた。
「だって……」
「そうだね。それは周囲のものが気をつければいいことだ」
キラはやりたいことをやりなさい。ラウはそう言って栗色の髪をそっとなでている。
「レイも君の世話を焼くのが楽しみになっているようだしね」
あきらめなさい、と彼は続けた。
「それよりも、だがね」
ラウの表情が引き締められる。
「あの最後の新型のことか?」
カナードは即座に言い返す。
「なら、知っているのは俺の方だな。キラにはあれにかかわるものには触れさせていない。あの女は意地でもかかわらせたかったようだが」
キラに早急にOSを整えさせたかったらしい。それもナチュラル用のだ、と言外に告げる。
「……フラガ大尉のHDDの整理はしましたけど……」
ぼそっとキラが口を挟んできた。
「それについても聞きたいね」
後でじっくりと、とラウは笑う。
「でも、中身は見ていませんよ? 面倒だから、児童でファイルを選別して整理するプログラムを組んで入れちゃいましたし」
あのカオスぶりは……とキラは苦笑とともに続ける。
「そうか」
小さなため息とともにラウは言葉を発した。
「でも……そう言えば妙なプログラムが入っていたっけ。気になったからコピーだけは確保してあるけど」
首をかしげながらキラはそう言う。
「妙な?」
「多分……外部から干渉するためのものだと思う。トロイの木馬系?」
それはまずいのではないか。カナードはそう考える。いや、彼だけではなくラウも同じだったらしい。
「そのデーター、今もっているかね?」
すぐにキラに問いかけてきた。
「あ、はい」
言葉とともに肩にかけていた鞄からモバイルを取り出す。
「でも、できるならスタンドアローンの端末に入れた方がいいと思います。フラガさんのは整理用のプログラムで隔離してあるから大丈夫だと思いますが」
使おうとしても無限ループに陥るだろう。そう続けるキラにカナードは苦笑を浮かべる。
「それはそれで楽しそうだな」
見事なウィルス撃退法だ。後で詳しく教えてもらおう、と心の中で呟いていた。