小さな約束
79
手の動きだけでムウに口を塞ぐように指示をする。
彼がさりげなく袖口を口に当てたのを確認して、ギナは手にしていたカプセルを室内へと落とす。
次の瞬間、室内に煙が充満する。
心の中で十数えたところで排気口の金網を蹴落とす。そのまま、自分も室内へと飛び降りた。
用意しておいたマスクをムウへと渡す。
彼は素直にそれを受け取ると手早く装着する。
「いつから潜入していたんだよ」
そして、こう文句を言ってきた。
「いつでもよかろう。それよりも手伝え」
平然とギナはそう言う。
「はいはい。ったく、人使いが荒いよ」
ムウはため息混じりにそう告げる。
「で? 俺はなにをすればいいんだ?」
あまり表には出られないぞ。彼はそう続けた。
「わかっておる。正式にこき使うのは、この後よ」
オーブに戻ってからだ。言外にそう告げる。
「ほどほどに。俺は一人しかいないからな」
こう言い返してくるあたり、ムウは自分の立場をよく知っているらしい。と言うよりも、彼しかいないと言うべきなのか。
「その前に、キラ達を安全な場所に連れて行かんとな」
「当然だろ」
ギナの言葉にムウはあっさりと頷く。
「まぁ、お前がここにいてくれてよかったよ」
キラの安全が確保できていたからな、とギナは言う。
「あれこれ言いたいことはあるが、それに免じて今は我慢しておこう」
「我慢してねぇだろう、それ」
即座にムウが突っ込んでくる。自分達の関係を知らないものが見れば、間違いなく目を丸くする光景だ。
「十分、我慢しておるぞ」
だが、これがある意味日常だったのだ。少なくとも、あの頃は、だ。
「本来であれば、今ここであれこれと問い詰めたいのだがな」
何時間でもかけて、と笑う。
「遠慮しとくわ」
胃薬を用意していないから。彼はそう言い返してきた。
「それに、キラの方が優先だからな」
ムウは言葉とともに笑みを浮かべる。
「逃げたの」
「いや、厄介事を後回しにしただけだ。どうせ、ミナにも文句を言われるだろうからな」
一度で済ませたい。彼はそう続けた。
「なるほど。納得できた」
ギナは言葉とともにギナはさらに笑みを深める。
「いい覚悟だ」
そしてこう言った。
「じゃねぇよ。キラに会わなくてもすむときに済ませたいだけだ」
自分にも大人としての見栄がある、とムウは反論している。
「大の大人があれこれと小言を言われたあげく、胃痛で苦しむ姿なんて、あいつには見せたくないからな」
誰かさん達に恐怖を感じるだろうし、と彼が続けた。
確かにそれは避けたいことではある。
「……ふむ……では、仕方がないな」
その時に払うにも加わってもらおう。そう付け加えた瞬間、ムウが天井を見上げる。その様子にギナは小さな笑いを漏らした。