小さな約束

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「お断りします」
 カナードは即座にこう言いきる。
「貴様!」
 それにバジルールが何かを言おうとした。
「俺たちはオーブの人間だ。協力する筋合いはないはずだが?」
 しかも、キラはモルゲンレーテとも関係がない。それなのに、何故、地球軍の仕事を強要する。そう続けた。
「だが、この艦にはパイロットが足りない」
 冷静さを引き寄せるような表情をしながらバジルールが言葉を綴る。だが、その内容は噴飯ものだ。 「それが?」
 冷笑とともにこう聞き返す。
「だったら、さっさと投降するんだな」
 もしくはサハクに救援を求めるか、だ。
「後者の方がお薦めだぞ」
 さらに笑みを深めるとカナードはそう告げる。
「少なくとも、すぐに地球軍に戻れる」
 この船やあの機体がどうなるかはわからないが。それでも、捕虜になるよりはマシだろう。
 個人的なことを言えば、目の前にいる黒髪の女性士官がギナにいたぶられるのはわかりきっているが。それは自業自得だとしておく。
「それは許されん。私達はこの艦とあの機体ストライクを無事に月まで運ばなければいけない」
 だが、彼女は即座にカナードの提案を却下してくれた。
「クルーも十分にいないこの状態でか?」
 あきれたようにそう言い返す。
「だから、貴様らが!」
「協力する義務はない、と言ったよな?」
 もう忘れたのか、とさげすむような声音で続ける。
「いい加減にしろよ。同じことを何度も言わせるな」
 カナードは低い声でそう告げた。
「俺たちに同胞殺しをさせる気か? その代償として、何を差し出す? 言っておくが、この艦での安全というのは代償にならないからな。大丈夫だと言っている俺たちを無視してこの艦に連れ込んだのは、お前たちの上官だ」
 あの場に残っていても自分達は自力で安全な場所に逃げられた。それを無視してあの機体に連れ込んだのはラミアスだろう、と続ける。
「お前たちの事情は俺たちには関係ない。実力行使に出るというのであれば、それなりの報復を覚悟しておけ」
 その気になれば、キラを守っていても自分だけでこの艦を墜とせるぞ。カナードは言外にそう告げた。
「それがいやなら、俺たちを早々に艦外に放り出すんだな」
 その勇気があるならば、だ。カナードはそう言いながら彼女の瞳をにらみつける。
「貴様……」
「そこまでだ」
 息を切らしたムウが部屋の中に駆け込んできた。
「何、勝手なことをしているんだ?」
 誰が許可を出した、と彼は続ける。
「この状況でそのようなことを言いますか?」
 そんなムウに向かってバジルールはこう言い返す。
「我々は生き延びなければいけないのですよ?」
「他国の人間を踏みつけにしてか?」
 それは地球軍でも認められないことだ、とムウは続ける。
「彼らは地球軍の軍人ではない。志願もしていないぞ」
「そのようなこと! いくらでも……」
「……それでオーブを敵に回すか」
 今後、オーブの技術供与は必要ないと言うことか。カナードはそう呟く。
「何故、お前がそう言いきれる!」
「決まっているだろう。俺はロンド・ミナとギナの直属だ。そして、キラはあの二人が養子にと考えている存在だかからな」
 あるいは、婚姻相手か。
 どちらにしろ、サハクの中枢に近しい存在だ。
「そして、モルゲンレーテはサハクが掌握している」
 ついでに、自分達がこの艦にいることはすでにあの双子は知っているはずだ。
「このまま、俺たちが戻らなければ本気でサハクが地球軍の敵に回るな」
 それでもいいなら好きにしろ。
「貴様……後で後悔するなよ?」
「それはこちらのセリフだ。と言うより、早々においとまさせてもらった方が良さそうだな」
 そのための方法を脳裏で構築し始める。
「頼むから、それだけはやめてくれ」
 ムウのそのセリフが室内に虚しく響いていた。

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最遊釈厄伝