小さな約束
56
モルゲンレーテの工場を三人は奥へと進んでいく。
「この先にシェルターがあったはずだ」
もっとも、無事かどうかはわからないが。カナードはそう心の中で呟く。
だが、その時は別の手段を使えばいいだけのことだ。
「はい」
キラは素直に頷いてみせる。
「でも、ずいぶんと破壊されているな」
カガリがいやそうにそう呟く。
「目的のものがここにあったからだな。地球軍にしてもあれを渡すわけにはいかなかったんだろう」
モルゲンレーテの職員には、データーを持って早々に逃げろと指示が出されている。だから、抵抗していたのは地球軍関係者だと推測できる。
「……カナードさんは、モルゲンレーテと地球軍が癒着していたことを知っていたのか?」
即座にカガリが問いかけてきた。
「ミナさまの命令だ。バカがしっぽを出すのを待ち構えている」
罪状を積み上げている最中だ。そう言い返す。
「今回のことだって、ザフトが手を出してこなければ、穏便にお持ち帰りいただいた上で破壊していたがな」
誰が、と言わなくてもカガリにはわかるはずだ。
「……それって、詐欺?」
ぼそっとキラが呟く。
「気にするな。こちらとしても、いろいろとある」
特に、一族の長に近ければ近いほど厄介事が多くなるのだ。
「腹の探り合いも日常茶飯事だ。もっとも、それをカガリができるかというと別問題だが」
「それは今、関係ないでしょうが!」
からかうようにそう告げれば即座にカガリが言い返して来る。
それで少しでも緊張がほぐれてくれていればいいが、とカナードは思う。下手に緊張していれば、どうしても動きが鈍くなるのだ。
「この先はドックだ。遮蔽物がなくなる。気を付けろ」
どこから流れ弾が飛んでくるかわからない。
いや、流れ弾ならばまだいい。故意に狙われる可能性だってある。だが、それを二人に言う必要はないだろう。
「わかっている」
カガリはそう言い返してくる。
「気を付けます」
そう言うキラの表情は今少し優れない。おそらく、このような惨状を目にしたのは初めてなのだろう。
あるいは、と心の中で付け加える。
あのときの光景をどこかで覚えているのかもしれない。
「いい子だ」
しかし、それを本人に告げるわけにはいかない。そう思うと笑みで内心を隠す。
「この先にシェルターがある。そちらに向かってとりあえず走れ」
「……シェルターが使えないときは?」
キラが確認するように問いかけてきた。
「したに下りろ。そして、あそこにある階段からさらに下に向かえ。三階分下りたところにサハクの紋章があるドアがある。そこで合流だ」
その下にサハクの秘密工場がある。そこまでは破壊されていないはず。
もっとも、それについてはまだ彼らに伝えることはしない。知らなければその方がいいのだ。
「わかりました」
キラはそう言って頷く。
「そうならないように願っているけどな」
後が厄介だから、とカガリは即座に口にした。それはきっと、サハクの二人がどのような人間かよく知っているからだろう。
「ともかく、急ごう」
カガリはすぐに気持ちを切り替えるようにこう告げた。
「気を付けてね、カガリ」
そのまま歩き出した彼女に向かってキラが言う。
「もちろんだ」
即座に彼女は言い返して来る。だが、それを額面通りに受け取っていいものか。カナードがそう思ったときだ。彼女の足が不意に止まる。
視線が階下から動かない。
「裏切り者!」
そして、彼女は叫んだ。