小さな約束
42
何故、自分がここにいるのだろうか。
「……すまないな、嬢ちゃん……」
目の前にいる金髪の士官がこう声をかけてくる。
「嫌いなら、助けなければよかったのに」
キラはそう言い返す。そうすれば、きっとザフトの艦かオーブが救助してくれただろう。
「そう言うなって。一応、俺たちとしても最低限の矜持まで捨てたくないからな」
苦笑とともに彼はこう言った。それだけではなく、手を伸ばしてキラの頭をなでてくる。
「それで? お嬢ちゃんの名前は?」
お嬢ちゃんというのはやはり自分のことだったのか。キラは小さなため息をつく。
同時に、どうしようかと悩む。
素直にプラントの人間だと言うべきか。それとも、ミナ達にもらったIDを使うべきか。この場合、どちらが正解なのだろう。
「……お嬢ちゃんじゃありません」
とりあえず、とキラはそう主張しておく。
「じゃ、坊主か?」
「それも違います」
きっぱりと言い切る。
「はぁ?」
訳がわからない、と彼は呟く。
「十八になるまでは内緒にしておかないといけないだけです」
理由は知らない。だが、ラウやギルバートだけではなくミナ達もそう言っているからそうしなければいけないのだろう。
「ってことは、お嬢ちゃんはサハクの関係者。それも当主に近い存在、と言うことか」
だが、キラの言葉から相手は何かを察したらしい。
「となると、下手に傷つけたりすると、サハクの双子のどちらかが出てくると。そうでなくても敵に回られるのは確かか」
厄介だね、と彼は小さな声で呟いている。しかし、その表情は実に楽しげだ。
「……厄介、ですか?」
同時に、キラは彼のそんな表情をどこかで見たような気がしてならない。しかし、どこで見たのだろうか。思い出そうとしているのだが、どうしても出てこない。
「彼らの協力がなければいろいろと不具合が出てくるってことだ」
オーブと地球軍が内密に協力をしていると言うことか。そういえば、セイランは地球連合の下僕だとカナードが教えてくれた、と思い出す。
つまり、今回のこともそうなのだろう。
「とりあえず、お嬢ちゃんの身柄は俺が保証する。傷ひとつつけさせないから、この部屋にいてくれ」
頼むから、と彼は言った。
「……はい」
確かに、ここで無理をしても意味はない。
これが民間の船であれば、自分一人でも脱出できるだろう。
だが、これは軍艦なのだ。
ここにいるのは全員、世紀の訓練を受けた者達である。つまり、命令があれば他人の命を奪うことをためらわないという存在だ。
だが、自分は違う。
殺せと言われてもできない。
だから、逃げ出すとすれば相手が油断したときか混乱しているときだろう。
そのチャンスが来るまではおとなしくしているしかない。キラはそう判断する。
「いい子だ」
キラのその態度をどう思っているのか。彼はそう言って笑う。
「じゃ、ちょっと待ってろよ。ついでに何か喰うものも持ってきてやる」
そう言いながら、彼はキラの頭をぽんぽんと叩いた。どう考えても子供扱いされているな、と心の中だけで呟く。
「それと、扉はロックしておく。まぁ、中からは空けられるがな。だから、俺以外の人間がきても『開け方を知らない』と言って開けるな」
万が一のことがあると困る、と彼は続ける。
「それはわかりましたが……」
そういえば、と思いつつキラは口を開く。
「僕、あなたの名前を知りません」
だから、戻って来てもわからない言外にそう続けた。
「そういや、そうだな」
彼は苦笑を浮かべると頷く。
「俺はフラガだ。ムウ・ラ・フラガ。一応大尉だな」
彼が告げた名前を、キラは小さな声で繰り返した。