小さな約束
41
新学期が始まれば、何故かアスランがまとわりつかなくなった。
「……ラクス、なにか知っている?」
キラは不思議そうに問いかける。
「さぁ。何のことでしょうか」
ラクスはそう言って微笑む。
「それよりもキラ。あちらのでのお話しをきかせてくださいませ」
「いいよ」
キラはそう言って微笑む。
「でも、あまりあちこちいけなかったけど」
普段は桜の回廊か温室で過ごしていたから、と心の中で付け加える。
「それはしかたがありませんわ」
だが、ラクスは気にしなかった。
「どれだけしたしくしていても、わたくしたちはたこくの人げんですから」
知られたくないことも多いだろう。特にオーブはその技術力で独立を保っていると言っていい。だからなおさらではないか。
「そうなんだ」
キラはそう言って頷く。
「だからこそ、ちきゅうれん合がかめいをきょうせいしようとしているのだそうですわ」
それでも中立を保っていられるのだからすごい。ラクスはそうも続ける。
「もっとじゆうに会いに行ければいいのに」
キラはそう呟く。
「そうですわね」
ラクスもそう言って頷いてくれた。
しかし、それは無理な願いだったのだろうか。
世界の情勢はゆっくりと悪化していく。
プラントと地球連合の間に見えない糸が張り詰めていった。
それがいつ切れるか。
その瞬間何が起こるか。
各国の首脳陣にはわかっていたはずだ。
もっとも、彼らが胸の内に抱いている思惑は全く違う。特に、プラントと地球連合のそれは真逆なはずだ。
いずれ、この状況が崩れる日が来る。
それを誰もが大なり小なり感じていた。
キラの周囲も大きく変化していた。
レイが同じ幼年学校に通うようになったのは当然のことだ。しかし、その代わりにミゲルがアカデミー付属のカレッジへと進学してしまったのだ。
「あそこだと授業料がいらないからな」
苦笑とともに彼がそう言っていたこともキラは覚えている。
戦争はまだ始まっていないが、小さな衝突はあちらこちらで起きていた。それに巻き込まれてミゲルの父が戦死してしまったのだ。
遺族にはそれなりの年金が支給される。しかし、それだけでは、ミゲルとその弟が十分な学習を受けられるわけではないらしいのだ。
「大丈夫。立派な軍人になってお前らを守ってやるって」
そう言って彼は笑った。
「……ミゲルが決めたことなら、仕方がないけど……」
「そうですわね。これで、バカが増えますわ」
キラだけではなくラクスも本気で残念そうな声音で言葉を綴る。
「でも、がんばってね。ミゲルがアカデミーを卒業する頃にはラウさんが隊長になっているって言ってたし」
しかし、こう付け加えた瞬間、ミゲルの頬がこわばったのはどうしてだろうか。
「まぁ、適当にやるさ」
しかし、すぐに表情を和らげるとこう言ってくる。
「ラウさんのところなら、見捨てられる可能性は少ないだろうし」
確かに。ラウならばそうだろう、とキラも思う。
「メールぐらいは書いてもいいよね?」
「もちろんだ。楽しみに待っている」
こう言ってくれたミゲルに、キラは微笑み返した。
それでも、世界は平和だった。少なくともこの時はまだ、と言うべきか。
キラが十五になったその年。とうとう戦争が始まった。
だが、それはすぐに膠着状態へと陥ってしまう。
それが大きく動いたのは、その一年後のことだった。