小さな約束
35
アメノミハシラに来るのは初めてだ。
そう思いながらカガリはシートから立ち上がろうとした。
「ほわっ!」
だが、そのまま天井近くまで移動したのには驚いた。ぶつかりそうになったところでウズミが止めてくれなかったならばどうなっていただろうか。
「ここは無重力だと言っただろう?」
動くときに気を付けろと注意をしたはずだ、と言われてそうだったろうかと考える。
「たしかに、そうききました」
だが、乗り込む前にしっかりと言われた、と思い出してしまう。
「ですが、お父さま。どうしてここにじゅうりょくがないのですか? なれない人間にはつらいです」
ここにも重力があればもっと楽に移動できるのではないか。そう思って問いかける。
「ここは荷物の搬入にも使う。大きなものをはこぶには低重力の方が楽だからだ」
それに、とウズミは続ける。
「重力を作るには大きなエネルギーがいる。アメノミハシラではそれだけのエネルギーを作ることが難しい」
これからの研究次第だ。彼の言葉にカガリはそう言うものなのか、と思う。
「ほんどとはちがいます」
「それが宇宙だ」
そして、とウズミは続ける。
「そこもまた、我々が納めるべき国民がいる場所でもある」
だから、カガリも知らなければいけないのだ。彼はそう続けた。
「はい、お父さま」
彼の言葉にカガリはしっかりと頷く。
「まぁ、それについては後でもかまわん」
今回は別の用事もある、と彼は微笑んだ。
「べつの、ですか?」
「そうだ。そして、お前にしかできないことでもある」
自分にしかできないこととは何だろう。そう思いながらカガリは父を見上げる。
「プラントからお前と同じ年のこと二つ下の子が来ている。仲良くできるな?」
彼の言葉にカガリは首をかしげた。
「ユウナみたいなにんげんでなければ」
そして、こう言い返す。
「それは大丈夫だ。サハクの双子が気に入った相手、だそうだからな」
あの二人がどれだけユウナを嫌っているか。それを知っているから、その子供達が彼のような性格ではないとわかる。
「……どりょくしてみます」
それでも、相性というものはある。だから、とカガリは言外に告げた。
「それでよい」
言葉とともにウズミはカガリを解放する。
「ゆっくりと動くのだぞ」
「はい、お父さま」
頷くと、カガリはそろそろと行動を開始した。しかし、水の中にいるような、だが、根本的に違うこの空間になれることができるだろうか。
やっぱり、少ないエネルギーで重力を生み出す装置を開発してもらうしかない。
モルゲンレーテで相談すれば何とかなるのだろうか。心の中でそう呟く。
そうしている間にも、何とかシャトルを抜け出せた。
次の瞬間、視界を黒が覆う。
「わざわざご足労願って申し訳なかったの」
低いが柔らかな女性の声が耳に届く。
「カガリの教育のためにはいい機会だったから、気にしなくてもいい」
そろそろ宇宙での暮らしも知るべきだろう、とウズミは言い返した。
「ならばよいが」
そう言いながらも、ミナはカガリを手招く。それに素直に従う。それでも、慎重に動いているせいか、なかなか彼女の元まで近づくことができなかったが。
「……ふむ。やはりもう少し低重力での動きになれなければの。他のプラントに行ったときに困るぞ」
「それよりも、じゅうりょくをつくるそうちをはつめいしてください!」
その方が動きやすいです。そう主張するカガリの顔をミナは覗き込む。
だが、次の瞬間、彼女は声を立てて笑った。