小さな約束

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 目の前にあるものは何だろうか。
 そう思いながらキラはそれを見上げる。
「キラか?」
 背後から声がかけられた。
「ギナさま」
 その声にほっとしてキラは振り向く。
「おへや、どこでしょう」
 帰れなくなりました、と続ける。
「迷子か。まぁ、ここはちょっと入り組んでおるからの」
 言葉とともに彼は軽々とキラの体を抱き上げた。
「それで、どこに行くつもりだったのだ?」
「さくらのおへやです。トイレに行ったら、かえれなくなりました」
 彼に嘘を言う必要はない。そう判断してキラは素直にそう口にする。
「いつもとちがうばしょからお外にでたので」
 さらにそう付け加えた。
「なるほど。帰りに曲がり角を間違えたか」
 ここは複雑だからな、と彼はうなずく。
「ひょっとして、ここは入ってはいけないおへやだったのですか?」
 ふと不安になってこう問いかける。
「キラならかまわぬよ。ただ、もっと大きくなってから案内するつもりだっただけだ」
 意味がわからぬであろう? と彼は微笑んだ。
「大きいですね」
 確かに今の自分にはわかるのはその程度である。
「だが、いずれはもっと小さなものにしてみせる」
 そうすればもっと自由に使える人間が増えるだろう。ギナはそう続けた。
「キラもたくさん勉強をして、その手伝いをしてくれれば嬉しいの」
 彼の言葉に、キラは首をかしげる。
「ぼくでもできますか?」
「たくさん勉強すればの」
「なら、おてつだいします」
 キラはそう言って微笑む。
「楽しみにしておる」
 こう言うと、ギナは歩き出す。
「ギナさま?」
「また迷子になると困るであろう? 送っていってやろう」
 この言葉に、キラは頬を真っ赤に染める。
「あぁ、そのような表情をするでない。ここに住んでいるものでも迷うことがあるのだ。お前たちならばなおさらであろう」
 同行しなかったカナードが悪い。そう言いきるギナに、そうなのだろうかとキラは首をかしげる。
「レイがいるというのであれば、あれも連れてくればよかっただけよ」
 そのあたりの配慮が足りない。ギナはそう言った。
「……でも、カナードさんとレイがたのしそうにおはなししていたから」
 邪魔するのは申し訳なかった、とキラは言い返す。
「何の話をしておったのやら」
 ため息混じりにギナは言う。
「パワードスーツ?」
 それをどこまで小型化できるかという話だったような、とキラは首をひねりつつ口にする。
「初等部に入学してもおらぬ子供とする話ではなかろうに」
 もっとも、あの年代の子供の何気ない一言が大きなヒントになることも事実だが。だからと言って、キラを無視していい理由にはならない。
「全く……後一人増えるというのに、このままでは安心できぬ」
「ギナさま?」
 増えるというのはどういう意味なのだろうか。そう思いながら彼の顔を見上げる。
「オーブからアスハが来る。そこにはお前と同じ年の娘がおるからの」
 仲良くなれるならばなるがいい。彼はそう言う。
「はい」
 友だちが増えるのは嬉しい。でも、アスランみたいな人間でなければいいな。キラは心の中でそう呟いていた。

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最遊釈厄伝