小さな約束
33
静かな屋敷に帰るのはあまり楽しいことではない。
そう考えながらラウは手荷物を出迎えに来たメイドに渡した。
「それにしても、困ったものだね」
誰が、とは言わない。いや、その必要がないと言うべきか。
それよりも、とラウはかすかに眉根を寄せる。
「自分だけがキラ達と楽しい時間を過ごしているのは何なのだろうね」
キラの保護者はとりあえず自分だったはずだ。
もっとも、とラウはため息をつく。
今の自分を取り巻いている状況では難しいと言うこともわかっている。
だからこそ、余計に腹立たしいのだろうか。
そんなことを考えながらも、自室へと向かう。
ドアを開けた瞬間、ラウの瞳がわずかに開かれた。
机の上に出かけるときにはなかったものを見つけたのだ。
「……こういうことをするのはキラかな?」
レイであれば、そもそもこのようなことを考えない。同じように育てたはずなのに、とため息をつきながらもラウはそれに手を伸ばした。
【ラウさんへ】
多少文字が曲がっているのはご愛敬と言ったところか。
「この字はキラだね」
やはり、と思いながら微笑みを浮かべる。
【サハクのおふたりのところにおでかけしてきます。
ラウさんに会えないのはさびしいけれど、おみやげをさがしてきますので、たのしみにしていてください。
キラより】
かわいらしい文面に笑みが自然と深まっていく。
「アメノミハシラならば安全だろう。それに、うまく行けばあちらとも会えるかもしれない」
オーブに逃げたもう一人の子供。
真実は知らせられなくても、別の出会い方をすることは可能だろう。
「しかし、お土産、ね」
キラらしい考えだ。
もっとも、あれらがついてくるのだけはごめんだが。心の中でそう付け加える。
「ギルがついているからだいじょうぶか」
だが、すぐにそう思い直す。
「さて。あの子達が帰ってくる前にこちらの方が片付いていてくれればいいが」
どうなるのだろうね、と呟く。
「このまま帰ってこないという可能性もあるのか」
状況が変わらなければ、とふっといやな考えが心の中でに浮かぶ。
「まぁ、その時は私が向こうに行けばいいだけだね」
そう考えることで納得することにした。
「キラがかえってこないかのうせい、ですか?」
ラクスは父の言葉に目を丸くする。
「デュランダル君から相談されていてね。最悪の場合、その可能性があるそうだよ」
あちらではキラとレイの二人を預かってもいいと言っているらしい。さらにシーゲルはそう付け加える。
「……それは、こまりますわ」
ラクスは思わずこう言ってしまう。
「キラに会えなくなるのはいやです」
しかし、アスランが変わらなければキラは帰ってこないだろう。
だが、本人に変わろうとする意識があるのだろうか。
「しかたがありません。アスランをがっこうからおいだしましょう」
そうすればキラも戻ってきてくれるはずだ。
「ラクス……」
「わたくしにはキラの方がたいせつですわ」
アスランよりも、と彼女は言い切る。
「キラがいてくれるからこそ、がんばろうというきもちになります」
だから、と彼女は続けた。
「わたくしはキラをゆうせんします」
アスランと結婚しなければならないとしても、と告げればシーゲルは深いため息をつく。
「パトリックにはそう伝えておこう」
それと、と彼は続ける。
「好きにしなさい」
「だいすきですわ、おとうさま」
そう言うと、ラクスはとっておきの笑みを浮かべた。