小さな約束
03
プラントでの暮らしは予想外に穏やかなものだった。
「てっきり、キラを研究材料にすると思っていたが……」
昼寝をしているキラの顔を覗き込んでいるギルバートの背中にラウは言葉を投げつける。
「何をかね?」
それに彼はこう言い返してきた。
「この子が生まれるまでの日々をそばで見てきたのだ。これ以上、何をこの子に望めと?」
あるとすれば、幸せな日々を過ごしてほしいと言うことだけだ。ギルバートは静かな声音でそう言い返してくる。
「それに……とりあえず、あの子もいるからね」
彼のその言葉が何を指しているのかわからないはずがない。
「自分と同じものがおもちゃにされているのはちょっと気に入らないが……キラで遊ばれるよりはましか」
元は同じでも、自分とあれとは別の存在だ。だから、目の前の相手に預けたわけだが。それでも複雑と言えば複雑だ。
「それに、キラにも年の近い存在は必要ではないかね?」
自分達よりも、と彼は続ける。
「いずれ学校にも行く。そのときに私達ではフォローしきれないこともあるだろうからね」
さらに彼はそう続けた。
「……正論だな」
不本意だが、とラウはため息をつく。
「ついでに、君も適当に使える人材を見つけてくるのだね。幼年学校への編入手続きはできている」
まだ通っている年齢だろう? と言外に指摘された。
「一応、オーブでのカリキュラムは済ませている」
今更幼年学校に行く必要性を感じない。言外にそう続けた。
「そう言わずに、行ってくればいい。そうすれば、この国で《第二世代》と言われている者達がどの程度のレベルなのか、よくわかるよ」
それはきっと、後々役に立つ。ギルバートの言葉をどこまで信用していいものか。
「……僕がいない間、誰がキラの世話を?」
それが問題だ。
「ばあやが引き受けてくれるそうだ」
デュランダル家の執事の奥さんである初老の女性が責任を持ってくれる。そう言われては引き下がるしかない。
「……仕方がないですね。一年だけ、つきあいましょう」
それでいやなら、さっさと別のことを始めればいい。そう考える。
「それと」
「何ですか?」
「近いうちに、オーブから使節が来るそうだよ」
アスハから、と彼は続けた。
「……会えますか?」
「とりあえず、機会を作れるように手は尽くしてみるよ」
もっとも、と彼はため息をつく。
「今の私もさほど力があるわけではない。あてにしないでいてくれるかな?」
それは仕方がないことだ。自分にはもっと力はない。
「わかっている」
キラを守るためにはそれではいけないのではないか。
今は、この家の中だけでもキラにとっては十分かもしれない。だが、いずれ、それだけでは足りなくなるはずだ。
だからと言って、あの子を閉じ込めておくのも違う。
自分がやりたいことを何でもさせてやりたい、とそう考えている。
「やはり、力が必要か」
キラを守るためにも、とラウは呟く。
「まずは、足場を固めるべきだろうね」
それからさらに高みを目指せばいい。
「今回の幼年学校への編入もそのためだと割り切るのだね」
「……不本意だが、仕方がないね」
ギルバートの言葉にラウはため息とともに頷いてみせる。
「おや、目が覚めたようだね」
不意に表情を和らげるとギルバートはそうささやく。次の瞬間、吉良の泣き声が室内に響いた。