小さな約束
02
目の前に広がっている光景は、ラウが予想していたものではない。
「……これは……」
倒れているのは、どう見ても連中の一員だ。
「仲間割れでもしたのか?」
それとも、と呟きながらも先に進んでいく。
「なに?」
彼のつぶやきが聞こえたのだろう。キラが問いかけてくる。
「何でもないよ」
もう少し目を閉じていなさい、と続けた。
「ん」
キラは素直に頷くと小さな手で自分の目を覆う。
「いい子だ」
本当は耳も塞いでやりたい。いや、できればはなも、と周囲を取り巻いている鉄さびの匂いに眉根を寄せながら考える。
それでも、目の前の光景を見ていなければ記憶に残らないのではないか。
いや、そうあって欲しい。
「走るからね」
耳元でそうささやく。一拍おいてラウは駆け出した。
まっすぐに奥へと進んでいく。その途中にも当然のように連中の手のものが倒れていた。
ここまで来れば、仲間割れではないとわかる。
では、味方なのか。
結論を出すのはまだ早い。キラを狙っているものは多いのだ。
気を引き締めると、目的地まで足を進める。そこに小型のシャトルがあるはず。そして、それは自分かムウの生体データーを入力しなければ発進させることが不可能な仕組みになっていた。
だから、それがなくなっているとは考えていない。
ただ、何者かが待ち構えている可能性は高いはずだ。だから、最悪の場合この二人だけでも……とラウが覚悟を決めたときである。
「遅かったね」
聞き覚えがありすぎる声が耳に届いた。
「何故、お前がここにいる」
念のために銃口を向けたままラウはそう問いかける。
「プラントに逃げ込むのだろう? 私がいた方が都合がいいと思うがね?」
にこやかに目の前の相手がそう言ってくる。
「何故、ここにいる、ギルバート・デュランダル!」
まずはその理由を聞いてからだ。ラウはそう言い返す。
「ヴィアに頼まれていたのだよ。もし、君たちがプラントに行かなければならないときには、私に手助けをしてやって欲しい、と」
同胞の、しかもまだ成人していない子供達だ。それだけでも保護の対象にはなる。だが、それでも十分な環境を与えられるかわからない。何よりも、二人が一緒に過ごせるとは限らないのだ。
しかし、デュランダル家が引き取れば話は別だ。
十二分以上の環境をキラに与えてやれるだろう。
「私としてもキラ達が不幸になるのはいやだしね。幸いなことに、あの家には、もう私しかいないしね」
父は昨年死んだしね、と彼は続けた。
「これ以上ない環境だと思うが?」
それでも、選択権は自分に与えてくれるらしい。
「何が目的だ?」
しかし、この男はキラ達を研究対象としていた者達の一人だ。何か、目的があるに決まっている。
「……その子を幸せにしたい。それでは不十分かな?」
「信用できると?」
「もし、私が言葉以外の行動を取ったら、遠慮なく撃ってくれてもかまわないよ?」
そこまで言うのであれば本気なのだろうか。
「そうそう。これを伝えるのを忘れていたね。皆、無事に脱出したそうだよ。残っているのは私達だけだ」
「……むーとかがり? かにゃーも?」
今までおとなしくしていたキラが問いかけるように口を開いた。どうやら、相手がギルバートだと知って黙っていられなくなったようだ。
「そうだよ、キラ。みんな、安全なところにいる。後はキラ達だけだ」
ギルバートの言葉にキラは首をかしげる。それでも、その小さな手は目を覆ったままだ。それは自分が頼んだからだろう。
「キラ。もう目を開けてもいいよ」
ラウはそっと声をかける。キラがそれに素直に従った。
「キラはあいつと一緒にいてもいやではないか?」
ラウの問いかけにキラは小さく頷く。
「なら、つきあわせてもらおう」
キラがいやでないのであればそれでいい。ラウはそう言う。
「大丈夫。キラは僕が命に代えてでも守ってみせるから」
それだけが自分が生きている理由だ。ラウはそう言うと、手の中のぬくもりを抱きしめ直した。
その日、原因不明の事故により、メンデルは人が住まないプラントとなった。