愛しき花
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キラが小さなため息をつく。
「庭を散歩でもするか?」
それに気づいて、シンはこう問いかけた。
「何か、奥の方に珍しい花を集めた温室があるって、レイが言ってたし」
気分転換になると思うぞ、とシンは続ける。
「……ありがとう。でも、シンも疲れているんだし……僕のことは放っておいてくれてもいいよ」
キラは即座にこう言ってきた。
「疲れていても、俺だって気分転換は必要だ」
ここで引き下がってはいけない。そう考えて、シンはこう言葉を返す。
「キラと一緒に花を見るのは、昔から俺の気分転換の一つだったし」
そうだろう? と問いかければ、キラは思い出そうとするか用に首をかしげる。
「そういえば、そうだっけ」
でも、それはキラの母が花が大好きでたくさん育てていたから、とは言わない。
「そうだよ。おばさんが育てていた花って、すごくきれいだったし」
それよりも、その花を見て微笑んでいるキラを見ている方が好きだったし、と心の中だけで付け加える。
「だからさ。一緒に行こうぜ」
こう言いながら、手を出し出す。
シンがここまで行動に出ればキラは断れない。それを知っていての行動だ。
「うん」
「ついでに、飲み物でももらっていこうか」
あっちで花見をしながらお茶でも飲もうぜ、とシンは付け加えた。
「お花見と言えば、本土の桜は咲いているのかな?」
ふっと思い出したというようにキラがそう言ってくる。
あの淡いピンクの花は、確かにお花見の定番だ。しかも、見頃が一週間程度しかない儚い花でもある。
あれをもう一度みたいな、と考えるのは当然だろう。
もちろん、プラントにもないわけではない。でも、あんな風に一面に咲いている光景は地球出なければ見られないものだ。
「どうだろう。カガリなら知っているんじゃないか?」
知らない可能性の方が高いが、とシンは心の中で呟く。しかし、キラが知りたがっているとわかれば、すぐに調べさせるだろう。
カガリが調べなくても、他の誰かが調べるのではないか。
「……そうだね。明日の朝にでも聞いてみよう」
キラも納得したのか。こう言って頷いてみせる。
「それがいいんじゃね?」
シンはそう言って笑う。
「と言うことで今のところは散歩がてら、温室に行こうぜ」
言葉とともに彼は歩き出す。キラも今度はおとなしくついてきてくれた。
途中で出会ったメイドにお茶のことを伝えれば、後で持ってきてくれるという。ならば、行っておとなしく花を見ているのが一番ではないか。
「あぁ。レイが帰ってきたらそこにいると伝えてください」
とりあえず、伝言も頼んでおく。
「わかりました」
メイドはあっさりと頷いてくれる。それを確認してシンはキラを振り向く。
「だってさ」
「……迷惑じゃないかな?」
こう言い返してくるところがキラだ。
「大丈夫だろう。ギナ様なんてもっとこき使っているぞ」
それに比べれば、このくらいはかわいいものではないか。
「ギナ様は、あれでもおとなしい方だよ」
アメノミハシラだともっとすごい、とキラは言いきる。
「マジ?」
「うん」
信じられない、とシンは呟く。
「まぁ、いいけどな。今のところ、俺たちは無事だし」
だが、すぐにこう言う。
「……まぁ、そういうことにしておくべきなのかなぁ」
キラはそう言いながら首をかしげる。
「そうだよ」
今はそれでいいだろう、とシンは断言する。
「納得できるようなできないような……」
そう言うキラをシンは引っ張るようにして歩き出した。