愛しき花
54
往生際が悪い。
相手の艦の動きを見ながら、アスランはそう呟く。
「戦えるものなど、一握りだけだろうに」
その中で実際に戦場に出られるのは一人しかいない。それでも抵抗を続けるのは愚者のすることではないか。
「引き際を見極めるのも指揮官として必要なことだろうに」
条約がある以上、捕虜になったとしても殺されることはない。うまく行けば、捕虜交換で自国に戻ることもできる。そこから汚名返上のためにがんばればいいだけではないか。
しかし、目の前の指揮官は違うようだ。
「それができないなら、させるまでだな」
敵の矜持など徹底的に叩きつぶす。そして、自分達の大切な存在を取り戻せばいい。
同じことをイザーク達も考えているはずだ。
ラウの指示があり次第、彼らも動くだろう。
「問題は、民間人のいる場所だが……」
それも事前に情報だけは届いている。しかし、恥知らずな地球軍が追い詰められた結果、どんな手段に出るかわからないのだ。
一応、カガリとラクスに関してはギナが万全の手を打っているらしい。ラクスが暴走しようとも、カガリが止めてくれるはずだ。
何よりも、カナードがまだ艦内にいる。彼が適切なフォローをしてくれるだろう。
だから、当面の心配は他の民間人達だと言っていい。
「ブリッジさえ制圧できれば、それで終わりかもしれないが」
それがいつになるか。まだ、ラウからの指示が出ない。
「じれているのは俺だけではないだろうがな」
それでもラウにはラウの考えがある以上、我慢するしかない。アスランはそう自分に言い聞かせる。
「カガリがあいつらにどうこうされるはずがないしな」
そんなことになっていれば、今、あの艦が抵抗できるはずはないのだ。
だから大丈夫。
アスランは自分に言い聞かせるようにそう繰り返していた。
さりげなく視線を時計へと向け、時刻を確認する。
そろそろ頃合いだろうか。
カナードは心の中でそう呟く。ラウのことだ。何があろうと時間通りに作戦を進めているはずだ。
それならば、こちらも行動を起こすべきだろう。
そう判断をして、ポケットに手を入れた。
指先に堅い感触がある。
それを握りしめると、スイッチを押した。
一瞬遅れて、爆発音が響いてくる。同時にけたたましいとしか言えない警報が鳴り響いた。
「……着弾したのか?」
マードックがこう告げる。
「わかりません」
即座に彼の部下が言葉を返す。
「ともかく、確認だ!」
修理できるようならするぞ、とマードックは続ける。そんな彼の背中にカナードは内心だけで謝罪した。
「……あいつらの様子を見てきても?」
だが、今はあきらめてもらうしかない。そう思いながらカナードは問いかけた。
「嬢ちゃん達か? そうだな。かまわねぇだろう」
行ってこい、とマードックは許可を出してくれる。
地球軍の軍人が皆、彼のようであれば、このような戦争はなかったかもしれない。
そんなことを考えても無駄だろう。それでも、カナードは彼に好意を持っている自分を否定する気にはならない。
「すみません」
言葉とともにカナードは立ち上がる。そのまま床を蹴って通路へと向かった。
マードック達の視線が隔壁で遮られる。
次の瞬間、今度は艦内の生存システム以外の全てが落ちた。