愛しき花
52
「ゼロで出る! 回せ!!」
そう言いながら、ムウは床を蹴る。その瞬間、こちらを見上げているカナードと視線が合った。
その彼に、ムウは小さく頷いてみせる。
カナードもわかったというようにうなずき返してきた。後は任せても大丈夫だろう。
そうなれば、問題は自分と言うことだ。
「無事に戻ってこられるかどうか、だな」
何と言っても、あちらにはラウがいる。無条件で見逃してくれるはずがない。
一撃で行動不能にしてくれればいいが、ねちねちと遊ばれる可能性の方が高いのだ。
「まぁ、殺されることはないだろう」
それでよしとするしかないか。ため息とともにそうはき出しながらゼロのハッチをつかむ。そのまま体の向きを変えると中に滑り込んだ。
狭いコクピット内を器用にすり抜けながらシートに腰を下ろす。
「さて、と」
とりあえず、時間稼ぎをするか。そう呟くとゼロを目覚めさせていく。
「ムウ・ラ・フラガ、出るぞ」
その言葉とともにゼロを発進させる。
この後、何が待っているのか。今は考えないことにした。
予定通りの行動を皆が取っている。
「これで、我が違う行動を取れば戦場は混乱するな」
それはそれで楽しいだろう。
他の時であれば、無条件でそうしていたはずだ。
しかし、とギナは苦笑を浮かべる。
「あの二人がいる以上、自重せねばなるまい」
キラとカガリがいる。彼女たちは自分達の大切な女性から預かったのだ。自分達の力が及ぶ限り守らなければならない。
「さて、さっさと終わらせるかの」
そうすれば、ラウに無理を利かせてキラの顔を見に行くこともできるだろう。カガリのそれも、だ。
「あやつに甘いものを作らせてもよいであろうからな」
それはそれで嫌がらせになるだろう。何よりも、キラが喜ぶ。
「まさか、我にそんな存在ができるとは、あの頃は思ったこともなかったが」
それではいけない、と彼女は何度も言っていた。いや、彼女だけではない。養父や姉もそうだった。しかし、自分にはどうしてもその気持ちが理解できなかったのだ。
「小さな手だったの、あの頃のあれらの手は」
初めて彼女にあの子達を引き合わされたとき、壊れそうだという感想を抱いた。それでも触れてみたくなったのは頬の柔らかさを確かめたくなったからだ。
その指を彼女たちはその小さな手で握りしめてきた。次の瞬間、己の胸の中に広がった感情を何と名付ければいいのか。そのときのギナは知らなかった。
自分はこのぬくもりを失えないだろう。
ただ、そう考えただけだ。
それが庇護欲だとわかったのは、かなり成長してからのことである。そのときにはもう、双子の姉と同様、あの二人も自分から切り離せない存在になった。
「この場にいる者達には僥倖かもしれんな」
自分のいたずら心に煩わされない当店に置いては。そう続ける。
「また機会もあるであろうしの」
そのときには、カナードとラウだけではなくムウも巻き込んでやろう。彼はそう呟く。
同時に、センサーが戦闘開始を告げた。
いったい、どうしてこうなったのかがわからない。
「あのプラントの少女は? まだ見つからないのか?」
心の中でそう呟きながらバジルールは問いかける。
「見つかりません。彼女だけではなく、オーブのあの少女も、です」
しかも、だ。ドアにはロックがかかっていた。つまり、中から開けられるはずがない。
「密室ミステリーじゃあるまいし」
どこかに抜け道があるはずだ。しかし、どこに……と思う。
「艦の設計図を!」
自分が知らない通路があるのではないか。そう判断をして彼女は叫ぶ。
「……やめなさい。そこまでして逃げてどうなるの?」
ラミアスがそう問いかけてくる。
「我々の勝利のためです」
「そのためならば民間人を盾にしてもいいのかしら?」
例えコーディネイターとは言え、民間人は民間人だ。決して戦争のための道具にしてはいけない。ラミアスのこの言葉は確かに正論だろう。しかし、ここではただのきれい事でしかない。
どうして、自分と彼女の階級が逆でなかったのだろうか。
そうだったならば、状況はもっとよくなっていたはずだ。
「設計図、出しました」
そんなバジルールの耳にこんな報告が届く。
「よし!」
そう彼女が口にした瞬間だ。アークエンジェルの全ての火器システムがシャットダウンした。