愛しき花
36
目の前に凍り付いた街がある。
「いくら水が必要とは言え、ここのものを使うことになるとは、な」
さすがのカナードも、この光景には心が揺らぐ。あるいは、ここに自分の知っている人間もいるかもしれないのだ。
「あの女には気にならないのかもしれないがな」
むしろ、この光景を見て嬉しいというのかもしれない。
「ここがこうなったのは、地球軍の攻撃のせいだというのに」
地球軍が何の前触れもなく攻撃を仕掛けなければ、ここはここまで破壊されなかった。
しかも、彼らが使ったのは《核》だ。それでなければ、住人が全滅することはなかったかもしれない。
何よりも、ここにいたのは軍人ではない。その日まで普通の生活を送ってきたただの民間人なのだ。
「あの女は、それをわかっているのか?」
自分だって、あの艦に乗り込んでいる者達に水が必要なのはわかっている。そして、それだけの量があるのはここだと言うこともだ。
しかし、それと死者に対する追悼の気持ちとは別問題だろう。
だが、バジルールとその一派は、死者が眠っていようがいまいがお構いなしに破壊しているのだ。
「間違いなくプラントの人間は、さらに怒りを新たにするぞ」
それだけではない。
オーブにもこの地で親族をなくしたものがいるのだ。彼らの反感が高まることは否定できない。
その結果、オーブ国内で反地球軍の気運が高まるとは考えなかったのだろうか。
あるいは、ばれないと高をくくっているのかもしれない
どちらにしろ、気に入らない。
「やっぱり、カガリを連れて逃げ出すか?」
それが手っ取り早いような気がする。そう呟いたときだ。
『それは困るな』
不意に通信機からそんなセリフが響いてくる。
「やはり、接触してきましたか」
ここで接触してくるだろうな。そう予想はしていたが、とカナードは言い返す。
「それで、俺に何をさせるつもりですか? ギナ様」
いや『自分達に』かもしれない。そう思い直す。
『何。難しいことではない。あの艦の掌握をして欲しいだけだ」
ムウにはすでに話をつけてある。ギナはそう続けた。
「……無謀では?」
バジルール一派のこともあるし、と心の中だけで付け加える。
『あちらとも連絡を取るつもりだ。お前はことが起きたときにカガリの暴走を止めることを優先すればよい』
後は自分とムウとでやる。彼はそう続けた。
「わかりました」
いやだと言ってもどのみち彼は行動を起こすのだ。ならば、最初から協力をしていた方が精神的にいい。
『それと』
まだ何かあるのか。心の中でそう呟く。
『ザフトの歌姫が近くを漂流している。保護してやるのだな』
何でもないことのように彼はそう言ってくれる。だが、それはそれで問題ではないか。
しかし、だ。放っておくにしても厄介な相手だ。そう考えながらセンサーで確認をする。そうすれば、救命信号が確認できた。
「救命信号が出ている以上、無視はできませんね」
例え敵であろうと保護するのが宇宙でのルールだ。
もっとも、連中がそれをあっさりと受け入れるかどうかはわからない。だが、他の者達が認めさせるだろう。
『では、また後での』
この一言ともに一方的に通話が断ち切られる。
「……相変わらずだ、あの方も」
自分の用事が終わればこちらの疑問は放置か。そう呟く。もっとも、それはそれで彼らしいのだが。
「さて……あれを拾いに行くか」
仕方がない。そう呟くと同時に、カナードはストライクの向きを変える。
『貴様、何をしている!』
即座に通信機からバジルールの声が飛んできた。
「救難信号をキャッチした。確認してくる」
それにカナードはこう言い返す。
『それは大変だ。すぐに行ってこい』
すかさずムウの声が割り込んでくる。
「当然だ」
言葉とともにカナードは機体を移動させていた。