愛しき花
35
とりあえず、とキラの部屋へと顔を出す。
「何かあったの?」
その瞬間、こう問いかけられた。
「どうしてそう思うんだ?」
ばれるはずがないのに。そう思いながらシンは聞き返す。
「目つきが怖いから」
それにキラはあっさりとこう言ってきた。
「……そうか?」
自分では自覚していないが、と思いつつレイへと視線を向ける。
「シンの目つきが悪いのはいつものことだと思いますが?」
レイも首をかしげながらこう言ってきた。と言うことは彼も気づいていないと言うことだ。
「……でも、怖いよ?」
しかし、キラはあくまでもこう言い張る。
「訓練してきたからかなぁ」
とりあえず納得してもらわないといけない。そう考えてシンは口を開く。
「ちょっとしごかれたから、むかついているかも」
苦笑とともにそう続けるが、キラは首をかしげたままだ。
「本当にそれだけ?」
「そうだよ」
キラの問いかけに、シンは平然とそう言い返す。だが、内心ではかなり焦っていた。
どうして、自分の嘘がばれたのだろうか。
それとも、ただ、かまをかけられただけなのか。
どちらが正しいのだろう。
同時に、自分のことには疎いくせに、他人の気持ちを察するのは妙にうまいというのも困りものだ。そう思わずにいられない。
だが、それは口に出さずにシンはただキラの瞳を見つめていた。
「……ならいいけど……」
根負けしたのか。キラはため息とともに引き下がる。
「軍なんて、理不尽なものらしいですからね」
それでも上官の命令は絶対だから、とレイも頷いて見せた。
「それでも、俺が自分で『ザフトに入る』って決めたんだけどな」
シンはそう言って笑う。
「おかげで、こうしてキラを迎えにこれたし」
まぁ、自分一人の力で安全にプラントまで連れて行くことができないというのはちょっと引っかかるが。心の中でシンはそう付け加えた。
「他にもできるようになったことも多いからさ。多少の理不尽さには我慢するさ」
我ながらうさんくさいとはシンも思う。しかし、これでうやむやになってくれればそれでいい。シンは心の中でそう呟く。
「それよりもさ。今ならトレーニングルームが使えると思うけど?」
行く? と話題を変えるように口にした。
「行きたいけど、いいの?」
それにつきあってくれるかのようにキラは聞き返してくる。
「かまわないって。隊長の許可は出ているし。空いている機器なら誰も文句言わないよ」
逆に、キラがいることで張り切るかもしれない。そう付け加える。
「じゃ、着替えるから」
さすがにスカートではまずいだろう。言外にそうにじませながらキラが告げた。
「了解。外にいるから終わったら声をかけろよ」
こういうとシンはレイと連れだって部屋の外に出る。
「何があった?」
ドアが閉まった瞬間、レイがこう問いかけてきた。やはり、彼も何かを感じ取っていたのかもしれない。それをあえて顔に出さないあたり、さすがと言うべきなのだろうか。
「ラクス・クラインが乗った船が襲撃されているらしい。きっと、アスランとイザークさんに出撃命令が出たんじゃないかな?」
この艦もきっとその後を追いかけることになるだろう。シンはそう続ける。
「そうか。なら、キラには知らせない方がいいな」
自分の胸だけに納めておく。レイはそう言って頷く。
「頼む」
これだけで納得してくれるのはありがたい。ついでにフォローも期待できそうだ。そう考えながらシンはうなずき返す。
「と言うわけで、お前も訓練につきあえよ」
「わかっている」
どこかいやそうにレイが口にする。それに思わず笑い声を漏らせば、彼は忌々しそうににらみつけてきた。
「俺よりできるくせに」
「だからと言って、好きとは限らない」
もっとも、と彼は続ける。
「やらないとなまるのは事実だな。これから何があるとも限らない」
不本意だが、とレイはため息をつく。
「キラさんにばれない程度にあれこれと再開するさ」
「そうしてくれ」
自分が間に合わないこともあるだろうし、とシンも言い返す。
「お待たせ」
それを待っていたかのようにドアが開く。
「だから、端末で声をかけてからドアを開けろって、いつも言ってるだろう!」
反射的にシンはそう叫ぶ。
「……シンが口うるさくなった」
キラがわざとらしいため息をついてみせる。
「そう言う問題じゃないと思いますよ」
レイが苦笑とともにこう言う。
「ともかく、キラは少し用心しすぎるぐらいでちょうどいいんだ」
シンのこの言葉に、キラはまだ納得できないようだった。しかし、それに気づかなかったふりをしてシンは体の向きを変える。
「ともかく、行くぞ」
そのまま床を蹴った。