愛しき花
32
艦内に警報が鳴り響いている。
「ラクス様!」
船長が慌てたように呼びかけてきた。
「救命ポッドの準備ができております。脱出を!」
早口で彼はそう言ってくる。
「この船におられるよりも、その方がよろしいかと」
この言葉にラクスは眉根を寄せた。
「それほどまでに状況は悪いのですか?」
自分達はただの民間船なのに、と言外に付け加える。
あるいは自分達の目的が気に入らないのかもしれない。
「我々も最善は尽くします。しかし、それ以上にラクス様のお命の方が優先です」
ラクスがいなくなれば、プラントの国民全てが衝撃を受けるだろう。だから、と彼は言う。
「それはみな様も同じことです」
「ありがとうございます。それでも、我々にはラクス様をお守りする義務があります」
だから、と彼は続けた。
自分がここにいる限り、彼らは強引な手段を手に取ることはできないのだろう。それでは、彼らの選択肢を狭めてしまう。ラクスはそう判断をした。
「わかりました」
しっかりとした声音で彼女は言葉を綴る。
「それでは、案内をお願いできますか?」
ラクスの言葉に彼は頷く。
「こちらへ」
先に立って移動を開始する彼の後を、ラクスは優雅な動きでついていった。
キラの言葉に、レイはどうしたものかと思う。
ともかく、と口を開く。
「太ったわけではない、と思いますよ」
むしろ、キラの場合、もう少し太ってもいいのではないか。この点に関してはシンも賛成してくれるはずだ。
「……でも、サイズが変わっている」
納得できないのか。キラはこう言ってくる。
「低重力に長時間いるからですよ」
そのくらいは許容範囲内ではないか。
「でも、運動はしておいた方がいいかもしれませんね」
いくらコーディネイターとは言え、訓練していない人間が長時間、低重力状態で過ごせば1Gに順応するのに時間がかかる。だから、キラの体に負担がかからない程度の訓練をした方がいいような気がする。
「それに関しては頼んでみましょう。だめでも、俺とシンがここでできそうな運動を考えますし」
かまいませんね、とレイは問いかけた。
「僕は元の体型に戻れるなら十分だよ」
気分転換にもなるだろうし、と彼女は言葉を返してくる。
「すみません」
それが無理をしているように思えるのは錯覚だろうか。
「どうして謝るの?」
キラは不思議そうに首をかしげる。
「レイもシンも、僕のことをいろいろと考えてくれているでしょ?」
だから、謝ることはない。キラはそう言った。
「そもそも、僕がこの艦ではイレギュラーなんだよ?」
だから、多少の不自由は仕方がない。でも、と彼女は珍しく強い口調で続ける。
「体型が変わるのは我慢できないの!」
さすがに、と言われてもう苦笑を浮かべるしかできない。
「ですから、別に変わっていませんよ」
その表情のまま、レイは言い返す。
「安心してください」
納得してくれればいいがこればかりは無理だろうと言うこともわかっている。キラもこういうところは女性だったのだな、と心の中で付け加えていた。