愛しき花
26
『キラ、いいか?』
壁につけられた端末からシンの声が響いてくる。それに立ち上がると、キラはまっすぐにドアへと向かった。
「なに?」
声とともにドアを開ける。
そんな彼女を出迎えてくれたのは、シンの盛大なため息だった。
「頼むから、まずは端末で確認してくれよ」
そのままこう告げる。
「どうして?」
訳がわからないと言う表情でキラは聞き返す。
「シンとアスラン、それにレイならば声音だけで危険かどうか、判断できるよ」
今のシンの口調なら大丈夫だと思ったのに、と彼女は続けた。
「それでも、だ。万が一のことがあったら怖いだろう?」
頼むから、とシンは言い返して来る。
「キラに何かあったら、俺が悲しいし」
他のメンバーに怒鳴られるだけではすまないだろう。彼はそう続けた。
「……そうなんだ」
キラはそう言い返すしかない。
「そうだよ。だから、端末で確認してからロックを外すこと。いいな?」
シンは念を押すようにこう言ってくる。
「わかった」
今ひとつ納得できないが、彼がそれで安心してくれるならいいか。そう判断してうなずく。
「それで、何?」
用事があったのではないのか、と問いかけた。
「あぁ、そうだ。戦闘になるかもしれないから、ちょっと避難してもらわないといけないんだ」
たぶん戦闘にはならないと思うが、と彼は申し訳なさそうに付け加える。
「仕方がないよね、それは」
あまり好ましいとは言えない。それでも、この艦は戦艦なのだ。そういう事態もあり得る、と心の中で呟く。
「それで、どこに行けばいいの?」
ため息とともにそう問いかける。
「とりあえずは、医務室かな?」
あそこは安全だから、とシンは言い返して来た。
「もっとも、こき使われる可能性はあるけど」
それは妥協して欲しい、と彼は言う。
「猫の手よりはマシな働きしかできないと思うけど」
キラは苦笑とともにそう言い返す。
「もう少し、そちら方面も勉強しておけばよかったかな」
最低限の応急処置しかできないし、それならば軍医の方が的確な処置ができるはずだ。
「そもそも、こんな船に乗ることになるって考えていなかっただろうし、当然だろう」
自分のように自分で選択したわけではないのだから。シンはそう続けた。
「とりあえずこっちな」
迷子にならないように、と付け加えられて、少しだけしゃくに障る。だが、確かに彼がそう言いたくなる気持ちもわかるのだ。
「……あんまり早く移動しないでね」
いつも部屋の中にいるせいか、どうしても移動になれないのだ。シンもそれがわかっているのだろう。
「わかっているよ。何なら、手をつないでやろうか?」
彼はすぐにこう言ってくる。
「それじゃ、いつまで経ってもなれないでしょう? 自分でがんばってみるよ」
そのくらいの時間はあるのだろう、とキラは言外に問いかけた。
「どうしてもだめなら、声をかけろよ?」
シンはすぐにこう言い返してくれる。そして、彼はそのまま床を蹴った。