愛しき花

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 微妙に居心地が悪く感じられるのは、四方から向けられる好奇のまなざしのせいだろうか。
「君たち。そんなにあからさまな視線を女性に向けるものではないよ」
 低い笑いをにじませながらラウがそう告げる。
「初めて女性を見るわけもあるまい?」
 彼はさらにからかうようにそう付け加えた。
「いや……かわいいなって」
 そう言ってきたのは確かディアッカだっただろうか。次の瞬間、隣にいたイザークに後頭部を殴られている。
「ディアッカ。キラにそんなまなざしを向けるのはやめてくれないか?」
 ニコルが言うならばまだしも、ディアッカが言うと下心しか感じられない。アスランはそう告げる。
「キラ。あいつには近づくなよ」
 シンはシンで、真剣な表情を作るとこう言ってきた。
「心配するな。俺が近づけない」
 それでいいんだろう、とレイが口を開く。
「虫退治は得意だしな」
 カガリにも頼まれていたし、と彼は続ける。
「カガリだけじゃなく、アスランもシンもレイも、みんな過保護」
 ため息とともにキラはそう呟く。
「それだけ、君のことが大切だと言うことだよ、キラ。我慢しなさい」
 サハクの双子や彼らが出てこないだけでもマシだ。ラウが笑いながらそう言った。
「そうかもしれませんけど……でも、ラウさん。僕だってそこまで馬鹿じゃないです」
 キラは彼に向かってそう告げる。
「それはわかっているよ。ただ、ここは戦艦だからね。不測の事態が起きる可能性がある」
 不本意だが、と彼は続けた。
「だから、できるだけ危険は排除しておきたいだけだよ」
 責任者としてはね、と言われてキラは小さく首を縦に振ってみせる。
「そういうことだから、君はできるだけ一人では行動しないように。もっとも、さすがに女性と男性を同じ部屋で寝起きさせるようなことはさせないがね」
 そんなことをしたら自分が後で怒られるからね、と彼は笑いながら付け加えた。
「……隊長が怒られるって……そんなことができる人間がいるのか?」
「考えられません」
 ぼそぼそとこんな会話が交わされている。これで、彼のザフト内部での力量が推測できた。
「私にだって怖い相手はいるよ。たとえば、彼女のいとこ殿とかね」
 くくっと笑いながら告げられた言葉をどこまで信用していいものかどうか。
 確かに、カガリは彼を怒鳴りつけていた。しかし、それは彼がそうなるように仕向けていたのではなかったか。
 しかし、それがもう一人を指しているなら話は別だ。
 確かに、彼は怒れば何をしでかしてくれるかわからない。実際、それで被害を受けている人物が約一名いるのだ。それでも懲りずに同じことをしでかしてくれる相手は馬鹿なのか。それとも大物なのか、いつも悩みたくなる。
 だが、それと同じことをラウがされて我慢できるだろうか。
 我慢はできるかもしれないが、ザフト内での立場は丸つぶれになるだろうな、と思う。
「と言うことだからね。私のためにも言うことを聞いてくれるね?」
 ラウの問いかけにキラはうなずいて見せた。
「では、君には隣の士官室を、レイには悪いがそこの従卒用の部屋を使ってもらおう。それと、アスランとシンはこちらに移ってくるように」
 その方がキラも安心できるだろう。ラウはそう言った。
「了解しました」
「すぐに準備をします」
 二人は姿勢を正すとすぐに言葉を返している。
「……お仕事に支障が出ない?」
 キラはそう問いかけた。
「大丈夫。俺は元々、キラを連れてくることが任務だし」
 シンはそう言って笑う。
「俺のことも気にするな。出撃してしまえば変わらないからな」
 アスランも何でもないことのように言ってきた。しかし、その内容はそうは思えない。
「もっとも、そうそう出撃することはない、と思うが」
 その言葉もどこまで信用していいのだろうか。
「とりあえず、この件についてはこれで終わりだ。シン。二人に艦内を案内するように。とりあえず、食堂と展望室は自由に使ってもらってかまわない。平時なら、だがね」
 戦闘の時には部屋でおとなしくしてもらわなければいけない。その言葉はもっともだろう。キラにもそのくらいはわかっている。納得できるかと言われれば別だが。
「キラ。とりあえず、部屋に案内するよ。必要なものは、別口で届いているはずだから、それも確認してくれるか?」
 シンが笑いながらこう言ってくる。
「……カガリ?」  それをしたのは、とキラは問いかけた。
「……うちの父だ」
 それに言葉を返してきたのはアスランである。
「好みに合わなくても、あきらめて使ってくれ」
 彼はそう続けた。
「わかった」
 まさか、パトリックにまで迷惑をかけることになっていたとは。キラは心の中で呟く。しかし、それもきっと、彼の好意なのだろう。
「じゃ、また後でな」
「うん」
 この言葉とともにキラは立ち上がった。

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