愛しき花
16
忌々しい、とカガリは口の中だけで呟く。
「そう言うな、カガリ」
ため息混じりの声が耳に届いた。
「ここにキラがいないだけでも、俺たちにとっては有利なことだ」
そうだろう、と確認を求められる。
「それは否定しませんよ、カナードさん」
しかし、と彼女は彼を見上げた。
「私がここにいることで、オーブにどれだけの不利益を与えるか。それを考えれば気が重いです」
そう続ける。
「だからと言って、自分はもちろん、キラも人身御供に差し出す気はさらさらないですけどね」
それだけは譲れない。彼女はそう言って笑った。
「安心しろ。俺やサハクの双子も同じ考えだ」
他にもそう考えている者達がいる。だからこそ、今回のことも可能だった。カナードは静かな声音でそう告げた。
「問題があったとすれば、こいつだが……」
そう言いながら、彼はすぐそばに固定されているMSを見上げる。
「まさか、もう一機作られていたとはな」
いや、正確には違う。
破棄されているはずだった試作機がそのまま正式運用されることになったのだ。だから、予定よりも一機増えていたと言っていい。
「……何を考えているのか」
ため息とともにカナードが呟く。
「機体の数が多くても、使いこなせなければ意味はないのにな」
あのOSでは歩かせるだけで精一杯だろうに、と彼は続ける。
「だからあいつが必要だったんだろうが」
カナードのこの言葉に、カガリもうなずいてみせる。
「でしょうね」
キラであれば、あのOSを改良できるかもしれない。そう考えたのだろう。
「おそらく、カトー教授あたりから情報が流れたのでしょうが……連中はあいつの顔を知らなかった」
徹底されていなかった、と言う方が正しいのだろうか。だから、カトーを訪ねていった自分を《キラ》と誤解したのだ。
それはそれでよかったかもしれない。少なくとも、キラが避難をする時間を稼げたことは言うまでもない。
「しかし、あそこにアスランがいたとは思わなかったな」
彼の方も驚いたかもしれないが、自分だって青天の霹靂だった。それでも、彼のおかげであいつらから逃げられたことは事実だ。
「あそこでお前を無視していたら、それなりにお仕置きするつもりだったんだがな」
苦笑とともにカナードが怖いセリフを口にしてくれる。
「カナードさん」
頼むから、それはやめてくれ。そう思わずにいられない。
「安心しろ。ちょっとした冗談だ」
カナードはそう言う。もっとも、今後の状況次第では冗談ではすまないかもしれないが。
「何で、この艦に?」
素直にオーブ軍と合流しなかったわけはなんなのか。その方が安全だったはずだ。
「放っておく訳にはいかないからな」
この艦とデーターを、と彼は唇の動きだけで伝えてくる。
「そう言われれば、そうか」
確かに、とカガリもうなずく。
と言っても、開発中のデーターはあちらに送られているだろう。だが、最終テストのそれはないはずだ。
そして、とカガリは視線を移動させる。
目の前には色を失っているMSがある。カナードが動かしたこれのデーターも無視はできないはずだ。
「まぁ、味方もいるしな」
カナードがそう口にすると同時に視線を移動させた。つられるようにカガリも同じ方向を見つめる。
「よっ!」
その視線に気がついたのだろう。軽く手を上げならがこちらに近づいてくる人影が見えた。
「悪いな、二人とも。俺はムウ・ラ・フラガだ。一応、大尉と言うことになっている」
よろしく、と彼は続ける。どうやら、ここでは初対面と言うことで通すつもりらしい。
「カガリ・ユラだ」
とりあえず、家名は出さずにカガリは名乗る。
「カナード・バルス。サハクの私兵だ」
今回は彼女の護衛だ、とカナードは言う。
「サハクか……なら、納得だな」
それを動かせたことも、とムウはうなずく。
「しかし、それなら無理に協力はさせられないか」
そして頭をかきながら、彼がこう言った。
「どうする艦長さん? 法律無理で彼に頼むか?」
言葉とともにムウは振り向く。そこには女性士官が二人、渋面を作りながら立っていた。