あそこから連れ出されてから、一体何度この場で目を覚ましただろうか。
 いっそ、あのまま永遠に眠り続けていた方が良かったのではないだろうか。そんなことすら考えてしまう。
「……ここは……」
 だが、今目の前にある天井は、先ほど意識を失う前に見ていたものとは違っている。
「起きた、キラ?」
 次の瞬間、翡翠がキラの視界を染めた。
「アスラン?」
「ここはね。俺が借りている部屋。キラには医務室よりここの方がいいかなって思っただけ」
 ロックはかけられるし……必要がなければ自分だけしかここには来ないから、とアスランは微笑む。
 その微笑みが夢ではないのか、とキラは不安になる。
 だから、それが現実だと確認したくて、キラはそうっと手を伸ばした。そのまま彼の頬に触れる。
「どうしたんだ、キラ」
 その手をアスランの大きな手が包み込んだ。
「……夢?」
「じゃないだろう? 俺はここにいる」
 そして、キラも……とアスランは笑みを深めてくれた。
「それとも、まだ寝ぼけているのか?」
 仕方がないな、キラは……と言いながら、アスランはもう片方の手でキラの体をそうっと抱き起こす。そして、自分の胸にもたれかからせた。
 アスランのぬくもりと鼓動が、触れあった場所から伝わってくる。それが、キラを安心させてくれた。
 今、ここにいるのは夢ではないのだ、と認識させてくれるのだ。
「……アスラン……」
 安堵のため息とともに、キラは彼の名を呼ぶ。
 どうせなら、もっとしっかりと抱きしめて欲しい。
 言外に滲ませたその願いを、アスランはしっかりと読み取ってくれたようだ。
「なんだか、今日は本気で甘えんぼだな、キラ」
 低い笑い声を漏らしながらアスランは軽々とキラの体を膝の上へと移動させる。その仕草にも三年という時間で、アスランがどれだけ成長をしたかをキラに認識させた。
 同じ時間を共有できなかったことを悲しいと思う。
 だが、それも一人の人間を救えたのだから仕方がないことだ、と自分に言い聞かせる。もっとも、自分が本当の意味で救えたのは彼だけなのかもしれないが。
 ふっと視線を自分の手のひらに落とした。
 この手を地に染めてまで守りたかった人々の命は、既にこの世にはない。
 そして、自分が知らないところで自分が奪ってしまった命がある。
 知らなかったとはいえ、それは許されないことではないのか。
「キ〜ラ」
 言葉とともにアスランがキラの体を小さく揺らした。
「余計なことが考えなくていい。あれは……キラのせいじゃない」
「……でも……」
 アスランが何を言いたいのかはわかる。それでも、キラが納得できないのだ。
 もし、自分があの時にもっと周囲に気を配っていたなら、あるいは、避難民のいないところに地球軍のMSを誘導することも可能だったのではないか。
 そうであれば、誰も死なずにすんだのかもしれない。
「キラ、いいこだから、俺の話を聞いて」
 お願いだから、とアスランは口にしながらキラの額にキスを落とす。
「力だけじゃだめなんだって……俺に言ったのはキラだよ?」
 その言葉は覚えている。一番最初にそれを教えてくれたのはラクスだ。
 それでも、と思ってしまうのは自分が悪いのだろうか……とキラは思う。自分があの場にいなければ、ウズミはあんな判断をしなかったのではないのではないだろうか。そうすれば、無駄に死なずにすんだ人もいたのかもしれない。
「それにね、キラ」
 こう言いながら、アスランはキラを抱きしめる腕に力をこめた。
「俺もキラも……手は二本しかないんだよ?」
 それはわかっているよね、とアスランは問いかけてくる。その腕の力がキラに痛みを与えていた。だが、それが気持ちいいと思ってしまう。
 だが、何故アスランがそんなことを言い出したのだろうか。
「……そうだね……」
 二本以上あったら困るよね……と、キラは訳もわからず言い返す。
「だから、こうして守れる相手は、本当に一握りだけなんだ」
 無限につかめる訳じゃない、とアスランは囁く。
「……でも、アスラン……」
「あれは戦争だった……そして、オーブには体制を整える時間が十分に与えられていたとは思えない」
 少なくとも、俺には……とアスランはさらに言葉を重ねる。
「そんな中で、全滅を回避できただけでも僥倖なんだ」
 最悪、全ての人間が死んでいたかもしれない、とアスランはさらに囁きを重ねてくる。
「でも……ぼくは、あの人達を……」
 守れなかった。だから、彼はザフトに入ったのだろう、とキラは紅玉の瞳を思い出しながら呟く。
「それはたまたまだよ。キラが悪いんじゃない!」
 どんなに努力をしても、救えない人だっているんだ……といいながら、アスランはまっすぐにキラの瞳をのぞき込んできた。
「そうだろう、キラ。全てのものを守れるんだったら……ユニウスセブンだって……」
 レノアだって、今でも生きていたに決まっている。アスランはそう言いたいのだろう。
「……ごめん……」
 その瞳の中に浮かんだ光に気づいて、キラは思わずこう口にする。
「ごめん、アスラン……」
「どうして、キラが謝るの?」
 謝る事なんて、何もないだろう……とアスランは囁く。
「おばさまのことを……思い出させた……」
 キラはそんな彼の腕の中で小さく首を横に振るとこう告げる。それが彼にとって、どれだけ辛いものかわかっているのに、と。
「……でも、今はキラがここにいてくれるだろう?」
 だが、アスランは優しく微笑む。
「だからいいんだ。俺にとって、一番大切なのはキラだから」
 キラさえ側にいて、笑っていてくれればそれだけでいい、とアスランは告げる。そんな彼の言葉に嘘は感じられない。
 それでも、キラの中の不安は消すことができなかった。
 一体どうすれば、この不安を自分の中から消すことができるだろうか。
 何よりも、これ以上アスランが辛そうにつづる言葉を聞いていたくない。
 それを止めるには、自分がもっとしっかりとしていればいいのだろう。だが、この不安が消えない限りそれはできない。
 でも、一つだけできることがあることを、キラは見つけた。
「キラ?」
 アスランの腕の中で体を起こすとキラは彼の顔をまっすぐに見つめる。そして、その唇に自分のそれを重ねた。
 もっとも、ぬくもりを感じた次の瞬間には、すぐに離れたが。
「アスラン、大好き」
 恥ずかしさに頬を染めながら、キラはこう囁いた。



次回は、ちょっと隠しで……まぁ、すぐに見つかるとはおもいますが(苦笑)