「……ユニウスセブンが、軌道をそれています! このままでは、地球に落下します!」 この報告に、誰もが信じられないという表情を作る。 それは当然だろう。 計算上では、彼の地は半永久的にデブリを漂っているはずだったのだ。 それなのに、徐々に軌道を離れ高度を下げている。 「あれが地球に落下したら……」 惨劇、などというものではない。間違いなく、地球は死の星になるだろう。 あれよりももっと質量が小さなコロニーですら、多大な被害を与えることは既にシミュレートされていたのだから。 だからだ。 クルーゼとキラが戦後、ザラ派によって地球に激突させられそうになった研究衛星の動きを止めようとした……という言葉が真実を知らない者達にあっさりと受け入れられたのには、そんな理由がある。 だが、それどころの問題ではないのだ。 「大至急、議長にご連絡を……指示を仰がなければ……」 すぐにでも軌道を戻すための行動を取らなければならないことはわかっている。だが、あれだけの大きさのものだ。一度勢いが付いたものをそう簡単に止められるはずがない。 地球に被害を及ぼす前に破砕するしかないことはわかっていた。 だが、個人的感情として、それは難しい。 いや、あれを失うことが苦痛だと言っていいのだ。 だからこそ、ギルバートの指示を仰ごう。 彼はそう判断をすると、現在彼が乗り込んでいるミネルバへの回線を開かせたのだった。 「……キラさんに、謝らなくちゃ……」 まだ、割り切れたわけではない。 だが、軍人として保護をされ、安静を必要としている相手を動揺させたことは許されるべき行動ではないだろう。 第一、皆の言葉を信じるのであれば彼は《軍人》としての訓練を受けたことがないのだというし、自分が守れなかった《命》について後悔の念を抱いているというのであれば、少なくとも最低限のラインはクリアしていると思える。 そう。 少なくとも《カガリ・ユラ・アスハ》よりはマシだ。 あの女は、自分たちが出した決定でどれだけの人間が死んだとしても、自分たちが『正しい』と言いそうなのだから。 「キラさんが、謝ってくれれば……俺の中の憎しみも、多分、抑えられるから……」 そして、彼が許してくれるなら別の関係を新たに築いていきたい。 自分の中にある《好意》を認めずにはいられない以上、そうするしかないのだ。 あるいは、そうしてキラを許せるようになれば、自分自身の中で何かが変わるかもしてない。そんな思いすらシンの中にはある。 「……こっちは虫のいい話だと言われても仕方がないんだけど……」 キラを傷つけてしまったという認識はシンにだってあるのだ。 だから、彼が許してくれない可能性だってあることは理解している。それでも、と思う気持ちがあることも否定しない。 「ただ、俺の謝罪を聞いてさえくれれば……今は、それだけでいいや……」 それだけで我慢できる。 両親や妹と違って、彼は生きているのだ。 時間さえかければ、きっと……と言う希望を抱くことができる。まして、周囲から漏れ聞いた話を総合すれば、彼はプラントへ向かうらしいのだから。 「憎しみを、他の感情にすり替えることができると……俺に教えてくださいよ……」 もし、そうできたら……いつかは《アスハ》も許せる日が来るかもしれない。もっとも、カガリのあの態度を見ていたら、その日は永遠に来ないような気もするが。 「あの女のことはどうでもいいや」 ともかく、今はキラに許してもらうことを考えよう。 いや、許してもらえなくても、自分が後悔していることだけは知っておいてもらいたい。こう考えたときだ。シンは、自分がつい先日も同じ気持ちを抱いていたことを思い出す。 あの時、自分が彼に押しつけた気持ちのせいで、キラが傷ついたことも同時に思い出してしまった。 ひょっとして、また同じ事を繰り返してしまうかもしれない。 そんな不安は確かにある。 でも、何もしないよりは謝りに行った方がいいに決まっているだろう。 自分に言い聞かせると、シンはそのまま医務室へと足を踏み入れた。 「……キラ、さんは?」 しかし、そこには目的の人物はいない。 「俺、謝りたくて来たんですけど……」 不審そうに――と言うよりは完全に歓迎していないというのがわかる――自分を見つめる軍医に向かって、シンはこう告げた。 そんな彼の言葉が真実なのかどうかを確認しようとしているのか。まっすぐにシンを見つめてくる。 やがて、軍医は小さなため息をついた。 「……残念だが、彼はここにいないよ……」 そして、こう告げる。 「人の出入りが多いここよりも、制限できる個室の方がいいだろうと判断してね。議長がアレックス君の部屋へと移動許可を与えていたよ」 だから、キラに会いたければ彼の許可を取りたまえ。軍医は言外にそう告げる。 だが、本当に彼が許可をくれるだろうか。 シンはいきなり目の前に大きな壁が立ちふさがったことに気づいてしまった。 「もう、ギルに俺は必要じゃないのでしょうか」 レイがふとこんなセリフを口にする。 「それは、私のセリフだろう?」 苦笑とともにギルバートは彼にこう言い返した。 「君が私の元から飛び立っていくのだよ」 だから、捨てられるのは私の方だろう、とギルバートはこう付け加える。そして、それでいいのだとも思っているとも。 「……あの人が、戻ってきたから……ですか?」 自分と同じ遺伝子を持ったもの。彼に新たな未来が約束されたから、その身代わりの自分は必要ではないのではないか、と言いたいらしい。 「本当にどうしたんだろうね、今日は」 今まで彼がそんなことを口に出したことはなかった。だが、それは単に、心の中にそれを隠しておいただけなのかもしれない。キラとクルーゼが戻ってきて、初めてレイはそれを口に出せるようになったのではないだろうか。 「そんなことはあり得ないよ。私にとって、君は特別だ。君は……私の可愛い息子だからね」 レイが望んでいる言葉がこれではないと、うすうす気づいていた。 しかし、それを彼に与えることはできない。そんなことをすれば、自分は彼の《未来》を奪ってしまうことになるだろう。 「ギル、俺は……」 「君はいつか、もっと違う世界に行くのだよ。キラ君達とともに」 そして、自分はそこに行くことはできないのだ、とギルバートは微笑む。 「ただ、私としては……君たちが一日でも長く、私の庇護の元にいて欲しいと願っているがね」 それがわがままな希望だとはわかっている。それでも、まだ自分が彼等に必要とされていると感じたいのだ。 ギルバートはそんなことを考えていた。 彼の耳に、ユニウスセブンに関する報告が届いたのは、それからすぐのことだった。 |