秘密の地図を描こう
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確かに、任務中だったのはまずかったのかもしれない。
それでも、キラの姿を見た瞬間、自分を止められなくなった。
このチャンスを逃したら、次はいつ、彼に会えるかわからない。そう考えたのだ。
しかし、だ。
「あんな表情をさせるつもりはなかったのに」
シンの姿を見た瞬間、その表情がこわばった。それだけではなく、真っ青になって震えている。
だが、それはおそらく無意識での反応だったのではないか。
本人には自覚がないのだろう。
「……させるつもりがなくても、結果的にそうさせたのはお前だ」
レイが怒りを押し殺しているとわかった口調で、こう言ってくる。
「あの人は、俺たちのように『殺す覚悟』をたたき込まれる前に戦場に立たざるを得なかった。そのストレスは俺たち以上だ」
訓練を受けた兵士ですら精神を病むものがいるというのに、だ。
「だから、あの人はオーブに帰ることができない」
オーブに帰れば《英雄》として祭り上げられ、さらに人を殺すことを求められるだろう。それでは、キラは完全に壊れてしまうのではないか。
「……だから、あの人はプラントにいる。俺たちが一緒にいるのは、血縁関係があるから、だ」
それなのに、と彼はため息をつく。
「お前が騒ぐせいで、あの人がここにいるとばれかねない。そうなれば、どうなるか……」
強引にオーブに連れ戻される可能性だってある。
そうでなかったとしても、彼を利用しようとするものは多い。そんな人物が直接接触をとってきたら、どうするのか。
「俺たちにはあの人を守る義務がある」
邪魔をするなら相手がシンでも許さない、と彼は言う。
「……俺は……」
「お前に悪気がなくても、結果としてそうなる可能性がある、と言うことだ」
結果的にそうなるなら、責任を負わなければいけない。その覚悟がないなら、自分の感情だけで動くな。レイはそうも付け加える。
「……ともかく、お前はさっさと任務に戻れ」
言葉とともに彼はきびすを返す。
「言われなくても戻るよ」
その背中に向かってこう言う。
「でも……最初から放しておいてくれたら、こんなこと、しなかったのに」
小さな声で呟く。
だが、それも彼には知られたくなかったことなのか。それとも、と思う。
「……あんな表情をさせたくなかったのに」
そんなことを言っても、もう遅い。後悔先に立たずとはこんなことを言うのだろうか。
「また、戦争になったら……あの人はどうなるんだろう」
フリーダムの存在を必要とするものは多いだろう。しかし、彼のあの様子では戦場に出ること自体が苦痛ではないのか。いや、それ以上に悪い結果になりかねない。
「……戦争が起きない方がいいんだよな、結果として」
それはわかっている。だが、現実問題として、どうなのだろうか。
「とりあえず、迎え……」
いかないと、と呟くと歩き出す。
それでも、心の中ではキラのことが気にかかって仕方がない。
どうすれば自分の存在を彼に受け入れてもらえるだろう。
「……俺は、あの人に認めてもらいたいんだ」
最初は間違えたけど、と呟く。でも、二回同じことは繰り返さないつもりだ。
しかし、あの様子ではどうだろう。
「レイがうらやましいな」
小さな声でそう呟く。
「せめて、あの人を守れるようになりたいな」
言葉と共に歩き出す。
「そうすれば、いずれは認めてもらえるかもしれないし」
可能性は低いけど、と付け加える声は、誰の耳にも入らなかった。