秘密の地図を描こう
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女性陣から聞き出した店のケーキセットはキラのお気に召したらしい。うれしそうな表情で口に運んでいる。
「普段の食事もこのくらい食べてくれればいいのだがね」
苦笑とともにラウが言う。
「仕方がないですよ」
あの話が本当であれば、とレイは小声で言い返す。
「キラさん、しばらく甘い以外、感じなかったそうですから」
味を、と続けた。
それも、自分ならかなりきついと思うそれでも、何とか……といったレベルだったらしい。
「……そうか」
その頃のことをラウは知らない。それも仕方のないことではある。
「ラウも治療中だったのですから、知らなくても当然です」
レイも何でもないことだ、と言ってきた。
「もっとも、あのくらい普段から食べてくれればいいと思うのは同意です」
そう言うと、レイは視線をキラへと戻す。そうすれば、彼が頬を膨らませているのがわかった。
「本当のことでしょう?」
微笑みながら、レイはそう言う。
「わかっているけど……指摘されると、それはそれでおもしろくない」
自分でも気をつけているのだが、と彼は言葉を返してくる。
「これでも、かなりよくなったんだけどね」
きっと、おいしいんだろうけど……とため息をつく。
「まぁ、焦らない方がいい。君の場合、間違いなく、ストレス性の症状だろうからね」
規則正しい生活をしていれば、いずれ治るよ……とラウは言った。
「だといいのですが」
小さな声でキラは呟く。
「大丈夫だよ」
言葉とともに彼は手を伸ばして目の前の小さな頭をなでた。
「私にすら未来が与えられたのだからね。不可能なことは何もない」
そうだろう? と彼はレイへと視線を向ける。
「そうですね」
全部あきらめるしかないと思っていたが、とレイもうなずく。
「君のそれは治療の方法がわかっているから、対策もとりやすい」
だから安心すればいい。そういえばキラは小さくうなずいてみせる。
「しかし、そこまで気に入ったのなら、今晩の分も買って帰るかね?」
メニューもそれにあわせよう、とラウは続けた。
「いいですね」
レイも同意をすると、自分の前にあるケーキに手を伸ばす。
そのときだ。
「お前、こんなところで何しているんだよ!」
そんな彼の背中に向かって誰かが声をかけてくる。その瞬間、忌ま忌ましさが彼の体を包んだ。
「どこにいようと俺の勝手だろう?」
今日は休暇だ、と言い返す。
「そういうお前こそ、何故、ここにいる?」
お前は休暇ではないはずだ、と視線を向ける。
「……あぁ。これから開発局の人と会うことになっている」
出迎えに行く途中でレイ達を見つけたのだ、と彼は言う。
「なら、さっさと行け、シン」
ここに居座られて、キラにあれこれと話しかけられても困る。心の中でそう呟く。
「だけど……」
そう言いながら、シンがキラの顔をのぞき込もうとする。
「何かな?」
だが、彼のそんな動きはラウによって遮られた。
「……えっと……」
瞬間的にシンが凍り付く。
「任務中なら余計なことはしない方がいい。それとも、今のアカデミーでは『かまわない』と教えているのかね?」
ラウがそのまま、そう問いかけてくる。
「まさか」
即座にレイは言い返す。
「そんなことがばれたら、アイマン隊長に雷を落とされます」
もちろん、明日、ミゲルに報告する。レイはそう続けた。
「マジ?」
「当然のことだろう? お前がしていることは任務放棄だ」
違うのか、と聞き返す。
「……元はと言えば、お前が……」
キラに会わせないのが悪い、と彼は続けようとしたらしい。
「キラ君? 体調が悪いなら、戻るかね?」
しかし、それよりも早く、ラウがこう言う。
「気にしなくていいよ。それよりも寝込まれる方が困る。心配で仕事が手に付かなくなるからね」
さらに言葉を重ねながらラウが立ち上がった。そのまま、キラの体をそっと抱きかかえるようにして立たせる。
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「レイ?」
「わかっています。ケーキを買って帰ります」
「頼むよ。こちらの支払いは済ませておく」
そのまま、彼はキラを連れて歩き出した。
「あ……」
これは予想外だったのだろう。シンが反射的にキラに手を差しだそうとした。
「人のうちの団らんに首を挟んで台無しにしてくれた落とし前は、後でしっかりとしてもらうからな」
その手をつかむと、こう言う。
「レイ……」
「さっさと仕事に戻れ」
そのまま立ち上がると突き飛ばすように彼の手を放した。