秘密の地図を描こう

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「お久しぶりですね、姫」
 言葉とともに視線を向ける。
「まさか、プラントここであなたにお目にかかれるとは思ってもおりませんでしたよ」
 そう続けた。
「直接お話をするのが一番よいと思いましたので」
 ふわりと微笑みながら彼女はそう言い返してくる。
「ですから、カナード様に無理を申し上げて連れてきていただいたのですわ」
 自分がうかつにプラントを歩くわけにはいかないから……と彼女は続けた。
「申し訳ありません、ラクス様」
 ギルバートはそう告げる。
「仕方がありません。誰でも己の行動に責任を持たなければいけませんもの」
 自分達はそれだけの混乱をプラントにもたらしたのだ。だから、本当の意味で必要とされるその日まで顔を出さない方がいい。
 本気でそう言っているのだろう。彼女のその表情から推測できる。
「いえ、姫。あなたの選択も、キラ君の選択も、間違っていなかった……と思いますよ。少なくとも、私は」
 だから、自分も本音を口にした。
「ありがとうございます」
 そう言って彼女は微笑む。
「キラからのメールで、あなたが信頼に足る方だと思っておりましたの」
 そして、と彼女は続ける。
「わたくしの姿と声が早急に必要になる場面もあるでしょう」
 しかし、自分はそのとき、どこにいるかわからない。だから、と続けながら彼女は部屋の隅にいるカナードへ目配せをした。そうすれば、彼はそのままきびすを返す。
「姫?」
「……偶然だと思いますわ」
 たぶん、と彼女は少しだけ眉を寄せる。
 いったいどうしたのだろう、と思う。ひょっとして、無意識に彼女の機嫌を損ねてしまったのだろうか。それがキラにばれると、後々厄介だな……と心の中で呟いてしまった。
「あぁ、デュランダル様には何の咎もありませんわ」
 安心してくださいませ、と彼女はすぐに言ってくる。
「……ひょっとして、表情に出ていましたか?」
 苦笑とともにそう問いかけた。
「ほんの少しですが」
 普通は気づかないと思いますよ、と続けてくれたのは彼女なりの気遣いだろうか。
「そうですか」
 失態だったな、と心の中で呟く。
「少なくとも、キラの前ではもう少し感情をお見せになった方がよろしいですわよ」
 そうしなければ、彼はあれこれ考え込むから……とラクスは言う。
「知っておりますよ」
 それでも、と心の中だけで続ける。彼のストレスになるようにならないように気をつけなければいけない。そうでなければ、まだ完全に言えていない彼の心が拒否反応を示すだろう。
「……キラの傷は、まだ、癒えていないのですね」
「申し訳ありません」
「デュランダル様方は、最善を尽くしておられる、と信じておりますわ」
 それ以上に彼の傷が深すぎるだけだ、とラクスは言う。
 まるでそれを待っていたかのようにカナードが戻ってきた。
 そして、もう一人、彼の背後に人影が確認できる。フードを深くかぶっているのでその顔ははっきりと見えないが、体の線から女性だとわかる。
「……その方は?」
 ギルバートは相手を値踏みするように眼を細めた。
「ミーア・キャンベルさん、とおっしゃいます」
 ラクスがこう言うと同時にミーアはかぶっていたフードを外した。その瞬間、さすがのギルバートも驚きを隠せない。
「ラクス様?」
「以前から、わたくしの影武者をお願いしておりました。声もよく似ていらっしゃいます」
 ご自分の歌を歌ってくださってもよろしいのですが、と彼女は小さな声で付け加えた。
「あたしは、ラクス様の影武者でいいです。いずれ、ラクス様がお好きな歌をお好きなときに歌われるようになったら、あたしも自分の歌を歌わせていただきます」
 そのときまでは、ラクスの影武者で……とミーアは微笑む。
「……胸のサイズでばれるような気もするが」
 カナードが小さな声でそう呟く。次の瞬間、彼の顔のすぐ脇にナイフが刺さっていた。
「すみません。壁、傷つけちゃいました」
 にっこりと微笑みながらミーアが告げる。
「そのくらいはかまわないよ」
 どうやら、侮らない方がいいらしい……と判断しながら言葉を返す。
「今のは彼が悪い」
 女性に対して言ってはいけないセリフが含まれていたから、と続けた。
「そう言っていただけて、安心しました」
 ミーアはそう言ってラクスの背後に移動する。
「……それでは、わたくしはそろそろ戻りますわ。アスラン達には内緒で出てきてしまいましたの」
 苦笑とともにラクスは言う。
「……キラ君には?」
「会わずに行きますわ。会ってしまえば、離れたくなくなりますから」
 だから、今は彼の顔を見ずに行く……と彼女は言う。
「ミーアさんとは会わせていただいてもかまいませんわ。彼女のことは、キラも知っていますから」
 それでは、と告げると彼女は歩き出す。
「お気をつけて」
 引き留めない方がいい。そう判断をして、ギルバートは彼女を見送った。

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最遊釈厄伝