三蔵たちが戻ってきたからだろうか。しばらくの間、特に何と言うことはなかった。
 いや、その隙を与えなかった……というべきなのだろうか。
「なぁ、三蔵……外行ってきちゃ駄目か?」
 仕事をしている三蔵と同じ部屋にいた悟空が、こう問いかけてくる。
「駄目だ」
 目を通していた書類から視線をあげることなく三蔵は言葉を返す。
「何でだよ! こんなにお天気いいなら、服も汚さないぞ、たぶん……」
 最初は元気よく――最後は自信なさげに――悟空はこう言った。最初は滅多にいられない仕事中の三蔵のそばにいられるのを喜んでいた悟空だったが、それは毎日だとさすがに飽きてきたらしい。
 それも無理はないと思いつつも、
「仕方ねぇだろう。帰ってきた日に何をしでかしたか忘れたのか?」
 冷たい口調でこう言い返した。
 帰ってきた日、悟空は早速部屋の中のものを壊してしまったのだ。普段なら忌々しいだけのその事実も、今回に限ってみれば都合がいい。というわけで、三蔵はすかさずしばらくの間の外出禁止を言い渡した……というわけだ。
「だから、おとなしくしてたじゃん……いっつもなら、いい加減、許してくれるのに……」
 どうして今回だけ……と悟空は頬をふくらませる。だからといって、本当のことを言うわけにはいかないだろう。さてどうするか……と三蔵は筆を止めながら考えた。
「いつも途中で許すから、テメェは覚えねぇんだろうが。今回は骨身にしみるまで許せん。だから、まだ駄目だ」
 三蔵はこういうと、再び手を動かし始める。
「……つまんねぇの……」
 今日あたりだと、そろそろ木イチゴが丁度いい具合に熟れているだろうに……とつぶやきながら、悟空は壁へと寄りかかった。そして、その口から大きなため息を漏らす。
「……悟空……」
 ふっとあることに気がついた三蔵が、彼の名を呼んだ。
「何?」
「ひょっとして腹へってんのか、テメェは……」
 ふっと思いついたセリフを口にしてみる。次の瞬間、悟空の腹はそれを肯定するかのように大きくなった。
「ったく……」
 仕方がないとため息をつくと三蔵は腰を上げる。
「三蔵?」
「ジジィのとこから何かもらってきてやる。そこでおとなしくしてろ」
 あそこなら茶菓子の一つや二つあるだろう。そう判断しての行動だった。
「……三蔵、どうかしたのか?」
 何か妙に親切だぞ……と付け加える悟空に、三蔵は言葉を返すことなく部屋から出て行く。その瞬間、まるで彼の執務室の様子をうかがうかのように立っていた相手と視線がぶつかった。
「何か用か?」
 わざとらしく三蔵は相手に問いかける。
「いっ、いえ……」
 あわててこういうと、その僧侶はそそくさと逃げ去っていく。
「ったく……マジでウゼェな……」
 このままではいけないのはわかっていても、今はこれ以上いい方法が見つからない。
「……ともかく、猿の腹の虫だけでも止めてやるか……」
 それくらいならば、今すぐできそうだと判断をすると、三蔵は僧正の部屋へと足を向けた。


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