何で、俺が魔王の花嫁?

022



 空気が次第に緊張していく。
「何のことかわかりませんな」
 お兄様はこう告げる。
「しらじらしいの」
 それに吐き捨てるように夜来は言葉を綴った。
「まぁ、よい。今宵はエレーヌのための祭りよ。些細なことには目をつぶろう」
 夜来様はこう告げると俺へと視線を向ける。そして、満面の笑みを浮かべた。
「エレーヌ。さて、バカは放っておいて踊ろうではないか」
 ダンスのお誘いとは、と一瞬驚く。だが、こうなれば特訓の成果を見せなければいけないと俺も笑みを浮かべる。
「はい、夜来様」
 そして言葉を返すと導かれるがままフロアの中央へと向かう。
「楽士よ、音楽を」
 声たかだかに彼が命じる。次の瞬間、慌てた楽士が曲を奏で始めた。それはよりによって一番苦手な曲だ。
 一瞬、俺は顔をゆがめる。
「心配はいらぬ。我に合わせればよい」
 それで何かを察したのか。夜来様がこうささやいてくる。
 ほっとしながらうなずくと彼は微笑む。そして、腰に手を当てるとステップを踏み始める。もちろん、俺もだ。
 くるくると回りながら俺は笑みを浮かべる。
 そうしていれば周囲の人々の顔が見えた。
 誰もが驚きの目で俺たちを見ている。それだけではない。嫉妬に狂った視線も感じられた。
 だが、一番強く感じるのは憎しみのそれだ。
 しかし、俺には思い当たるものはない。
 かといって夜来様でもないだろう。彼がいなければ人はこの世界にいられないのだ。
 もっとも、と俺は付け加える。ユベール兄様を除いての話だが。
 本当、彼はどうしてこうも夜来様に怒りの感情を向けるのか。それがわからない。
 心の内でそんなことを考えていれば、いつの間にか曲は終わっている。互いに礼をしてダンスを終わらせればなぜかしんとしていた。
 しかし、一瞬の間の後、あちらこちらから拍手が上がる。やがてそれはこの場にいるほとんどのものへと変わっていった。
 今、拍手を指定ないものは敵。
 さりげなく周囲を見回すと俺はそう心の中でつぶやく。
 もっとも、その理由は様々だろう。
 うらやましいと思う程度ならばまだいい。
 代わりたいと思うものも納得だ。
 しかし、と俺は続ける。
 この方を傷つけることだけは許せない。たとえどのような理由があろうと、我々は彼ら魔族の力がなければ存在し得ないのだ。
 それがわかっていてこの箱庭を壊そうとするならば許せない。
 ともかく、と俺は夜来様のそばに歩み寄る。
「お手をどうぞ」
 姫君、と彼は微笑みながら口にした。
「はい」
 素直にそれに従えば、周囲から歓声とも嬌声とも付かない声が上がる。同時に悲鳴のような声も上がったが、それはきれいに無視をすることにした。
「さて、次は我らかな?」
 フロアから立ち去る俺たちの代わりに父様と母様が向かう。他にも各国の王や王太子が続いた。
 まぁ、そうだろう。
 彼らが踊らなければそれ以下のもの達は踊りにくい。そんなことを考えていれば、脇からグラスが差し出される。
「ご苦労様」
「アンリ兄様?」
 よく知っている相手に俺はほっと肩の力を抜く。そして、彼の手からグラスを受け取った。同時に、夜来様が「少し関を外す」と言って離れていく。おそらく魔族達からの祝いの言葉を受けるためだろう。
 それを見送ったところで俺は兄様へと視線を向ける。
「しかし、あそこで兄上が出てくるとはね」
 そう言ってアンリ兄様はため息をつく。
「あれから十年か」
 彼の執着がさらにすごいことになっているのではないか。アンリ兄様はそう続ける。
「確かに」
 ちらりとそちらに視線を向けながら俺はうなずく。実際、ユベール兄様がこちらをにらみつけているのだ。
「でも、あの方は城へ入れぬのでは?」
 父上がそう命じられた。その言葉は未だに撤回されていないはず。そう思って問いかける。
「他の王族からの招きがあれば話は別だそうだよ」
 お兄様がこう説明してくれた。
「他の王族?」
 誰なのか、と言外に問いかければ、兄様は視線だけで一人の女性を示す。
「ビソデフローラ家のファナ姫だよ」
 お兄様はそう告げる。
「あまりいい噂は聞かない方だね」
 さらに付け加えられた言葉に、俺は『近づかないようにしよう』と心の中でつぶやく。
「あの姫が兄上の手助けをしたらしい」
「……厄介ですわね」
「そうだね」
 こういうときにそんなわがままを通さないでほしい。まずはそうつぶやく。同時に、どうしてあの姫がユベール兄様に協力をしたのか、それが知りたいと思う。
 何か特別な理由があるのではないか。ふとそんなことを考えていた。


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