何で、俺が魔王の花嫁?

023



 夜会が終わり、ようやくほっとできる時間になった。
「姫様、お疲れ様です」
 モーブが言葉とともにカップを差し出してくる。
「ありがとう」
 言葉とともにそれを受け取った。そして、そのまま口に運ぶ。
「そういえば、モーブ。夜来様はどちらに?」
 夜会からいっしょに戻ってきたのに、と俺は首をかしげた。
「……確かに、どこに行かれたのでしょうか」
 どうやらモーブも彼の居場所は把握していないらしい。もちろん、魔王である夜来様がどこに行こうととがめる人間はここにはいない。
 しかし、だ。
 彼の行方を知らないとなれば別の意味で問題が出てくるような気がする。
「ここのそばにおられるはずなのですが」
 気配を探ったのか。モーブはさらに言葉を重ねた。
「お探しした方がいいかしら?」
「どうでございましょう。あの方は自由を愛される方ですから」
 しばらく放っておいた方がいいのではないか。彼女はそう続ける。守らなければいけないような存在ではないのだしとも。
 だが、それでお父様の立場が悪くならないだろうか。
「魔王様のなさることを制限できないと?」
「はい。あの方は止めてもご自分のなさりたいようにされますから」
 むしろ止める方が不敬ではないか。そうモーブは続ける。
「……お父様達には報告をしておきましょう」
 とりあえず、と俺は口にした。
「それがよろしいかと」
 厄介事が起きなければいいが。そう思いながら、俺は紅茶を飲み干した。

 その頃、夜来は……と言えば城の裏庭にいた。
 誰かを待つかのように目を閉じ、静かにたたずんでいる。
 そこにゆっくりと歩み寄る者がいた。
「……ようやく来たか」
 振り向くことなくこうつぶやく。
「私が来ることを予想していたと言うことか?」
「さて、の」
 言葉とともに夜来はゆっくりと振り向く。
「我としてはどちらでもかまわなかったが?」
 そう口にすれば相手は忌々しそうに舌打ちをする。
「まぁ、おぬしとしては我が邪魔だったのだろうが」
 違うのか? と付け加えた。それに返事を返してくる代わりに、相手は剣の柄に手をかける。
「実力行使か」
 あきれるの、と夜来はため息をつく。
「何のために口があるのか。言葉を綴れるのか。おぬしは考えたことがないのか?」
 さらに彼は言葉を重ねる。
「それとも……話せぬのか?」
 そう言いながら彼は目を細めた。
「なるほど。傀儡か」
 つまらぬな、と口の中で付け加えると夜来は腕を軽く振る。それだけで人影は消えた。
 しかし、だ。
 別の人影がわいて出てくる。
「……ほぉ」
 随分とまた努力したものだな、と夜来はつぶやく。だが、と彼は続けた。
「これは楽しめそうだ」
 そう微笑むと、再び手を振る。その動きに合わせるように次々と人影がわいてきた。

 眠ろうとしても、目が覚めて眠れない。
 いったいどうしたというのだろうか。
 そう思いながら俺はベッドの上に身を起こす。
「何でだろう……」
 そのままこうつぶやく。
「何かが起きているのか?」
 静かにベッドから抜け出すと肩掛けを取り上げる。そして、体に巻き付けた。
「姫様、何か?」
 静かにベッドから降りたつもりだったが、しっかりとモーブに発見されてしまった。本当に彼女はいつ眠っているのだろうか。
「何かが起きているような気がして……」
 そうつぶやきながら、俺はそっと部屋の扉に手をかける。そして、音を立てないように開いた。
「仕方がありませんね」
 そう告げるとモーブは俺の肩にガウンをそっとかけてくれる。
「ありがとう」
 そう告げると、俺はガウンに手を通した。そして、そのまま裏庭の方へと進んでいく。
 行く先に意味があったわけではない。
 ただ漠然と『こちらの方に何かある』様な気がしただけだ。
 しかし、それが『あたり』だった。
 裏庭に出た瞬間、目の前で夜来様とユベール兄様に似た『何か』が戦っていた。
「……どうして……」
 あまりのことに俺はただ立ち尽くす。そんな俺をかばうかのようにモーブが前に立った。
 だが、そんなことも今の俺には気にならない。
「どうしてですか?」
 誰ともなくそう問いかける。だが、夜来様の耳には届いたのか。
「こやつの前世が、おぬしを殺した男だからよ」
 そんな言葉が返ってくる。
「……はっ?」
 今、彼はなんと言った?
 俺は反射的に聞き返そうとする。だが、それ以上に衝撃的なセリフが俺の背後から聞こえた。
「そう言う貴方の前世はエレーヌの《姉》でしょう?」
 いい加減彼女を解放してやってくれませんか? と言いながら、ユベール兄様が俺の体を抱きしめようとする。だが、それよりも先にモーブが俺を避難させた。
「我らからその子を先に奪ったのはお前だろうに」
 夜来様のそんなセリフが聞こえる。しかし、俺の頭はそれをうまく認識できなかった。


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