何で、俺が魔王の花嫁?
021
突然の魔王の来訪にさすがのお父様もお母様も驚きを隠せなかったらしい。もっとも夜来が夜会に参加することは事前から決まっていたことだから、とすぐに立ち直ったようだが。
「すまぬな。あの時でなければならなかったのよ」
さらに彼の言葉でとりあえず納得したらしい。
いや、単に夜会の時間になったからと言うだけかもしれない。
「エレーヌ。とりあえずそなたは魔王陛下のお隣で微笑んでいなさい」
お母様がこうささやいてくる。
「後はお父様と魔王陛下がよいようにしてくださります」
「はい」
こういうことはさっさと済ませるに限る。そう判断をして俺はうなずく。
「あと、何を言われても微笑んでいなさい」
そう言われて『やはり妬まれるか』と心の中でつぶやく。覚悟はしていたが、と続ける。実際に目の当たりにしたとき耐えられるだろうか。
いや、耐えなければいけない。
そのくらいなんでもないことだし、と心の中だけで付け加える。実際はどうであれそう思うことでそうなると信じていた。
「何、憂い顔をしておる?」
お母様とは違う声が耳元でする。
「なんでもありませんわ、魔王様」
「そなたには名を許したであろう?」
名を呼んでほしい、と言われてようやく自分が彼の役職名で呼んでいたことに気づいた。
「申し訳ありません、夜来様」
素直に謝れば、彼は満足そうにうなずく。
「では、まいろうか」
そう言うと彼は俺の手を取って立ち上がらせる。そして、お父様に目だけで合図を送った。
「ではお先に」
言葉とともにお父様はお母様へと手を差し伸べる。その手に自分の手を重ねると二人は静かに部屋を出て行く。
「我らの番かな?」
「はい」
「そうか」
そう言いながら彼は手を差し出す。その意味がわからないはずがない。静かに手をさしのべると立ち上がる。
「心配するな。我がいる」
そのまま戦場へ向かうか、と言う気持ちでいれば、彼がこうささやいてきた。
「……あの……」
「そなたに投げつけられた言葉は我へのそれと同じよ。だから、安心するがよい」
彼の言葉が嘘だとは思えない。しかし、なぜそこまでしてくれるのか。それもまたわからないのだ。
「そなたが大きくなるまで見守ってきたからな。そのくらいは当然よ」
その言葉に内心どん引きだ。いわばストーカー宣言ではないか。もっとも、今まで自由にさせてもらっていた以上、そのくらいは妥協しなければいけないのかもしれないが。
そんなことを考えていたせいか、笑みがこわばる。
「それではダメだぞ。いつでもほほえみを浮かべられなければ」
まるで心を読んだかのように彼は言って来た。
「それは失礼をいたしました」
こうなれば俺も男だ。開き直って笑みを浮かべる。
「そう。それでよい」
満足そうにうなずくと彼は前を見つめた。そのまま歩き出す。俺もまた彼とともに歩き出した。
この国の王と王妃が挨拶のために出てくる。しかし、あの女は出てこない。
なぜ、と思っていたときだ。
「今宵は魔王様がおいでになっています」
その言葉が耳に届く。
魔王がなぜ、と思いながら視線を向けた。
「なっ!」
なぜ、あの女が魔王とともに出てくる?
しかも、親しげな様子から判断をしてただのお相手とは思えない。もっと親密な関係ではないか。
そう思ったときだ。
「かねてからの約定で、娘は魔王様に差し上げることとなった。娘が成人した今、晴れてその約定を果たすことができる」
その披露もかねての夜会だという。
「なんで……」
彼女はそうつぶやく。
「何で、あの女ばかり……」
小声でささやかれた言葉は誰の耳にも届かない。そのはずだった。
しかし、魔族の耳はしっかりと聞きとがめてしまう。
魔王の視線が一瞬だけ射るような視線を向ける。その事実に彼女は気づかなかった。
「あれが元凶か」
小声で夜来がそうつぶやく。
「何が、でこざいますか?」
それを聞きとがめて俺は顔を上げる。
「何でもない。そなたが気にかけることはな」
夜来はそう言いきった。それに反論を挟む余地は全くない。
「そうですか」
それが気に入らないと思う。だが、自分にはそれを口に出す権利はないと判断する。
「残念ですが仕方がありません」
「そう言うな。そなたが悲しむことはしたくないのだ」
本当にどこからこんな甘いセリフを覚えてくるのか。そう思いながらあきれたような表情を作る。
しかし、その表情がすぐにこわばった。
「……お兄様?」
なぜ、彼がここにいるのかわからない。だが、あれは間違いなくユベール兄様だ。
「久しぶりだね、エレーヌ。それから始めまして、魔王様」
にこやかな口調で彼はそう告げる。しかし、その瞳は怒りに燃えていた。
なぜ、と思う。
「初めましてではなかろうに。我の命を狙うとは不遜なやつ、と思っておったが、事情が理解できたわ」
さらに夜来はこう告げる。その言葉に周囲のもの達もゆっくりと距離を取り始めた。
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