何で、俺が魔王の花嫁?

019



 気分転換ができたからか。それから数日はとりあえず日々の忙しさを我慢することができた。
 そして、とうとう明日は夜会である。
 城には招待されたもの達が次々と集まっている。しかし、その人々は俺が住んでいる場所までは訪れることはできない。これはきっとあの時の騒ぎが再び起きないようにと考えてのことだろう。
「……あるいは夜這いを警戒しているのかな?」
 未だに婚約者が誰なのか発表されていないからか。あわよくば自分がその立場に成り代わろうと強引に押しかけてきたもの達が大勢いた。もっとも、その連中が俺の元までたどり着いたことはない。そう言う連中がいたことすら、俺は知らなかったのだ。
 もちろん、父様もお母様も、モーブ達だって俺にその事実を告げたことがない。
 それではなぜ知っているのかと言えば、答えは簡単だ。そんな連中の親が俺の所に怒鳴り込んできたからだ。
 そんなことをすればどうなるのかすら考えられないもの達だからこそできたことだろう。彼らは息子だけではなくすべてを失い、国から放逐されたそうだ。
 そう言うことをしたからには他の国でも受け入れられるはずがない。彼らは辺境へと向かった、とモーブが調べてきた。そこは魔族の目も届きにくく、魔物が多く入り込むところらしい。
 素直に自分たちの非を認めていれば多少の慈悲は与えられたのではないか。それがモーブの言葉だった。と言うことは、この処置には魔王の意思も反映されていると言うことか。
「もっとも、それも今晩までか」
 明日には夜会がある。そこで俺の婚約者が誰か発表される手はずになっている。
 相手を知ってまで『自分に乗り換えろ』と言う人間はいないはずだ。
 そうは思うのにどうして不安がぬぐえないのだろう。
「これが第六感というものか」
 前世であれば中二病としか言えないであろうセリフを口にしてみる。笑えるかと思ったそのセリフなのになぜか真実みを帯びているような気がしてならない。
 まぁ、魔法があるような世界だし、そう言うこともあるのだろう。
 だとするならば、夜会で何かが起きると言うことか。
「……ユベール兄様が何かをしているのかもしれません」
 あの長兄が自分のことを素直にあきらめたなどとは信じていない。むしろ、自分が見ていないところで何かをしでかしているに決まっている。俺はそう考えていた。
「今でもお兄様の信奉者は少なくないですから」
 彼らが手はずを整えている可能性は否定できない。
「と言っても、私にできることは少ないですが」
 せいぜい一人にならないことぐらいか。そうつぶやいたときだ。
「大丈夫ですわ、姫様。魔王様から護符をお預かりしております」
 相変わらず神出鬼没だ。そう思いたくなるタイミングでモーブが戻ってくる。
 同時に、口調を変えておいて良かった、と思う。
「お疲れ様。打ち合わせは無事に終わりました?」
「はい。すでに魔王様の護衛はこちらについております」
 必要はないが、形式としてそばに控えていなければいけないから。モーブはそう言って笑う。
「あの方を傷つけられる人間などおりませんもの」
 世界そのものに愛され、守られているのが魔王だから……とモーブは続けた。
「そのようなお方が、どうして私を望まれるのか」
 ため息とともに思わず言葉をこぼす。
「姫様だからに決まっているではありませんか」
 そう言いきるモーブに俺は微苦笑を向けた。彼女はいつの間に自分に対して心酔していたのか、と思う。
 実家のことがあれば、生まれたときからそばにいてくれた侍女だって簡単に裏切るのに。
 心の中でここまではき出したところで、自分が予想以上にあの時のことで傷ついていたのだと自覚した。
「姫様が姫様でなければ、義務以上の感情を抱くはずがありません。私にとって姫様は大切なお方ですから」
 自分の矜持にかけて俺を裏切らない、と彼女は言い切る。その言葉に、静かにうなずくことで了承の意を伝えた。
「それで、その護符はどのような力を持っているのですか?」
 そしてこう問いかける。
「虫除けです」
「虫除け?」
「そして、姫様に良からぬ感情を抱いているものにその虫を押しつけるのですわ」
 口に出したくないあれとかこれとかを、とモーブは続けた。
 そうか。きれいにしているようでも目に見えないところにはあれこれいるのか。
「……ちょうど良いお仕置きなのかしら?」
 そういうことにしておこう。とりあえず俺はそう考えることにした。

 夜陰に紛れてあの方がここを訪れるはずだった。
 しかし、なぜか塀を越えられないのだという。
「どうして?」
 あの方は廃嫡されたとはいえこの国の王子だ。それなのに、どうしてここに入ることができないのだろう。
「……魔術師の話では、おそらく結界が張られているのではないかと。事前に申告したもの以外は立ち入れないようになっているのだろうとのことです」
「ならば、それをとかせなさい」
 魔術師であれば可能なのだろう、と彼女は言う。
「ですが、魔術師殿は陛下のおそばを離れられませんので」
 魔術師にとっての最優先は国王の身を守ることだ。だから、と侍女はおそるおそる口にする。
「使えないわね」
 それならば、自分専属の魔術師を用意してくれればいいのに。怒りの矛先は両親にも向けられる。
「わたくしがあの方と婚姻を結べれば国のためにもなりますわ」
 あの方が廃嫡されたのは理不尽な理由からだ。それは両親も知っているはず。
 何よりも、今、一番自分たちから遠い血筋はこの国の王家ではないか。身分も釣り合うのに、と彼女はぼやく。
 最初はあの気に入らない小娘を嫁にもらうという話だった。しかし、なぜかその話は立ち消えたらしい。
 それならば、自分とあの方の婚姻を認めてくれてもいいではないか。
 しかし、なぜか父だけではなく母も祖父母も認めてはくれない。
 それはどうしてなのだろう。
 理由はわからないが、その裏にあの姫が関わっているのは推測できた。
「本当に忌々しい女だこと」
 そうつぶやいた言葉に同意を示すものは誰もいない。だが、それすらも彼女には気にならなかった。


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