何で、俺が魔王の花嫁?
018
夜になればさすがに人の気配は少なくなる。それでも完全に消えないのはあの時のことがあるからだろうか。
ベッドに腰掛けながら、俺がそんなことを考えていたときだ。
「姫様。準備が整いました」
言葉とともにモーブが姿を見せる。その手には厚手のショールがあるのはどうしてか。
「モーブ?」
「知り合いから騎獣を借りてきましたの。それで少し夜の空を散歩されませんか?」
これならば誰であろうと俺に危害を加えられないだろう。彼女はそう続ける。
「騎獣ですか?」
「はい。魔族は馬ではなく魔獣の中から相性の良いものを選んで己の騎獣とするのです」
そういえば、騎士達も自分の馬との相性が一番重要だと言っていた。それなのに貸してくれるとはどういう人物なのだろうか。何よりも、と俺は首をかしげる。
「そのような大切なものをお借りしていいのでしょうか」
傷つけたりするとは考えられないのか、と言外に問いかけた。
「貸してくれたのは騎獣の取り扱いを教えている友人ですわ」
「あぁ。そのような方もいらっしゃるのですね」
確かに自分の騎獣を手に入れる前に一度なりとも経験しておくのは大切なことだろう。
「私の練習につきあってくれていたこなのでそれなりに扱えます。姫様を落とすようなことはありませんわ」
最後の一言は冗談なのだろうか。
「モーブがわたくしに危害を加えるはずがないでしょう?」
彼女が信じられないなら、他の誰を信じればいいのだろう。そう考えながら言葉を返す。
「姫様にそこまで言っていただけるとは、光栄ですわ」
ふわりとモーブがほほえむ。
「それで、お空の散歩ですか? 是非とも空からこの国を見てみたいです」
連れて行ってくれますね、と言えば彼女はしっかりとうなずいて見せた。
「では、こちらでお体をお包みください」
手にしていたショールを彼女は差し出してくる。
「これは?」
「あちらで騎獣に乗るときに使われているものです。風を通さないので温かいですよ」
空は寒いから、と彼女は続けた。
「モーブはどうするのですか?」
女性は体を冷やしてはダメだろう、と思って問いかける。
「大丈夫です。ちゃんとそれ用の外套を持っておりますから」
言葉とともにどこからともなくグレーのコートを取り出した。これは間違いなくRPGの定番の空間魔法だろう。
覚えられるものならば覚えたい。
そんなことを考えながら身支度を終えたモーブに手を引かれバルコニーへと出る。彼女が口笛を吹けば大きな陰がバルコニーの上に舞い降りた。
「この子がそうなの?」
大きなフクロウのようなその魔獣を見上げながら俺は問いかけた。
「はい」
「かわいいね」
言葉とともにほほえめばその言葉が伝わったのか。目の前の魔獣は『くるるるる』と鳴き声を上げる。
「褒められたのがわかったようですわね」
ご機嫌ですわ、とモーブが笑う。
「姫様と私を乗せて飛んでね」
そう告げればそれはまたうれしげな声を上げた。
予想通りと言うべきか。それは本当にふわふわだった。
「……どうやって飛んでいるのかしら」
羽の大きさと体重の釣り合いがとれているように思えないのだが、と首をかしげる。
「姫様。魔獣は魔法を使えますわ」
四つ足の獣の姿をしていても空を駆けることができる魔獣もいるのだ。そう言われて俺は目を丸くする。
「すごいですわ」
だが、それを《人》が乗りこなすことは難しいのではないか。だとするなら、あちらに行っている兵士達は何に乗って戦っているのだろう。
「魔族の方々は本当にお強いのね」
そんなもの達がいる場所であの兄は何を考えているのだろうか。自分の言動を顧みてくれればいいが、その可能性は低いだろう。
「魔族は強いですが、同時に弱くもあります」
モーブは少し寂しげな声音でそう告げる。
「ですから、自分だけに寄り添ってくれる存在が必要なのですわ」
それを他の誰かにとられたくなくて、でも自慢したいから印を刻むのだ。そして、そのままそばに置いておくために魔界へともっていく。
そうすることでようやく安心できるから。モーブはそう教えてくれた。
「……それなら、どうしてわたくしは今までこちらにいられたのでしょう」
「姫様が人間で、まだお小さかったからです。ご両親や家族の皆様とご一緒にいるべきだと考えられたのでしょう」
俺がどこにいても自分から奪える人間はいないと判断したのかもしれない。モーブはどこか陶酔したような口調でそう告げた。
「今の姫様なら、あのお方のお隣にたたれても何のひけもとられません」
そう力説されても、とおれはため息をつく。
「わたくし、魔王様のお顔を存じ上げません」
こちらでは写真などはない。せめて絵姿でもあればいいのだが、それもないらしい。何でも、魔王様の姿を描くこと自体不敬に当たるとか。
顔も知らない相手に嫁げと言われれば義務として受け入れるしかないだろう。
それでも、事前に顔ぐらいは見ておきたい。できるなら人柄を確認したいと思うのは前世の価値観が影響しているのかな、と思う。
と言っても、考えてみれば結婚と言っても一種の隷属関係になるだけだ。そう考えれば何も知らない方がいいのかもしれない。
「でも、モーブがそこまで言うのでしたら間違いなくすてきな方なのでしょうね」
まぁ、お飾りになったとしてもおとなしくしているつもりはないが。心の中でそうつぶやきながら俺はほほえむ。
「それだけは保証させていただきます」
モーブがきっぱりとそう言う。
「姫様。お城がよく見えますわ」
そのまま彼女は話題を変えるかのように言葉を口にする。
月に照らされたそれは使われている石の種類のせいか、白く輝いているように見える。
「きれいね」
この城を守るためにどれだけの人間がどれだけの苦労をしてきたのだろう。そんなことを思いながら、俺はただそれを見つめていた。
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